社会福祉法人 徳島県自殺予防協会
いのちの希望

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あれから47年・・ 「生きるって素晴らしい」

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ライフカウンセラー
田原 米子

はじめに

今日は、皆さんにお会いすることを楽しみにしていました。ここに来る事ができた方との出会いを許されたのだったら、それを喜んでいい対話にしたいと思い、皆さんとの時間を楽しもうと思っています。そして、お話は少し前に終わって、皆さんから質問をもらいたいと思います。64年間生きてきて、子どものことも、主人のことも、私自身のことも全ては話しきれません。だから何でも質問を歓迎します。

私自身の体について

こういう体になったことを、私は今は良しとしてます。こういう体になったお陰で前には見えなかったもの、考えなかったこと、また、私の中で良かったと思うことがあまりにも多いのです。失ったものは、ほんのちょっとです、私。そして、足がないっていうことを、マイナスにもっていかないで、ないのも悪くないなと、また、切断部とかに痛みがいつもあるのなら、痛みを友達として仲良く上手につきあうことを覚えました。いろんな嫌なことがあっても、人生を楽しむということを会得しました。自分で納得できる人生を歩むようになったら、こんな傷は私の中では、ちょっとだけの傷です

学生との交流について

最近、よく全国の小学校から高校までを行ったり来たりしています。その子たちとの交流が好きでしていますが、それでわかることは、今、子ども達が生きることがいろんな面で物は豊かなんだけど、心は寂しい。本当に心の中をわかってもらえる人がいないっていうことです。私は、学校での講演で、親はあなたによかれと思ってしているのだから、親と話しなさい。聞いてくれるまで、あなたの方が大人になって、やりたいことがあったら伝えなさい。自分の人生は自分で決めるのだからと子ども達にはっきり言います。また、時間というものは、すぐ通り過ぎるから思った時にすぐ行動しなさいとも言っています

人とのつながりについて

聖路加病院の日野原 重明先生が十年前におっしゃいました。「老いるというのは、新しいことに挑戦しなくなるとその人は老い始めるのです。」年じゃないんですね。あたしたちの精神的なものが興味津々になって、見てやろうとか、やってやろうとか、試して見ようとか、そういう精神をもって生きているとその人は老いないのです。この話を聞いて、私は老いない人生、前向きな人生を生きようと思いました。そして、昨年先生にそのことをお話して、私の講演会に是非来て下さいと言ったら先生が来て下さって、老いやボケに関する大変よい講演になりました。人とのつながりとは、ひょんなことから、そういった言葉を大切にして、出会いがあって、十年後につながったということです。素晴らしいと思います。今日の皆さんとの出会いも初めてお目にかかる方ばかりだと思いますが、もう二度とお目にかかれないかもしれない。そう思うと、ありったけの自分を全部あなたに託して、貴方が「うん、わかった。」って言ってくれるまでお話ししたいです。もしも、まだ納得できなかったら、インターネットをしているのでメールを下さい。中高生はよくメールをくれます。私が、今、はまっているのは、そういう新しいことを始めようということです。自分に老いない人生を生きていこうという気持ちです。

これからの生き方について

自殺を考え、飛び込み自殺をして未遂に終わった私ですけれども、「死の線まで、もう助からないという線までいって生きた人は違うね。」って言われるように、人生を大事にして、人を大切にして、いい風に人生をこれから生きてゆこうというのが、今の気持ちです。私は今、自分を障害者とは思っていません。見ていただいたように、足は両方ありません。三肢切断で右の指は三指残っているという体ですが、でも、もう駄目だという思いはないんです。障害者には、誰がならすんでもない、自分でなっているのだと思います。私は自分でそれが分かりました。

人間の一番ひどい病気について

私の大好きな本の中の短い言葉で、まるで私の心をうたっているような言葉なので、皆さんにお読みしたいと思います。「多くの人は病んでいます。自分が全く愛されていない。関心をもってもらえない。いなくてもいい人間なのだと。人間にとって一番ひどい病気は、誰からも必要とされてないと感ずることです。」これは、マザーテレサさんの言葉です。人間の一番ひどい病気は、癌とか病名がつくものではなくて、誰からも必要とされてないということです。私がいなくてもいい人間なのだと思わせてしまうようなそういう環境は、一番人をすごい障害者にしてしまいます。私が、そういうところにいたんだなということです。自殺未遂後、姉は私に「兄弟は大変な時に励ましあうためにいるんだよ。一緒に頑張ろうね。」と言ってくれ、父は私のために建て増しをしてくれましたが、私はその頃ひねくれていて、人がどんなに良くしてくれても素直になれず、悪態ばかりついて、私の心の中は病気でした。友達や近所の人も1回は面会に来てくれましたが、私がそういう状態だったので、2回とは来てくれませんでした。その時に来てくれたのが、キリスト教の宣教師と若い青年の通訳の人でした。この青年と私は、後に結婚するのですが、最初の印象は悪くて、パッと見たときタイプじゃないと思いました。でも、この人たちは毎週来て、元気なことを私に話して5分くらいしたら帰ってくれました。そういう面会が重なっていきました。でも、その頃の私は、自分で私は障害者と思っていて、出来ないことばかりを数えて、何もないゼロからの出発だと考えていました。それが、一番の障害者だった時と思います。そこから立ち上がることが出来たから、今こうしてそういう体験が言えるし、私は今は、自分を障害者だとは思っていないのです。そして、私を支えてくれた人達、助けてくれた人達との感動の出会いもあり、本当に生きててよかった。死ななくてよかったと心から思っています。そして、死に急ぐ人にはいそがなくていいんだ。命を一生懸命生きようと話しています。

自分で自分を受けいれたことについて

面会に来てくれた宣教師の人は、毎週本を持ってきて読むことを薦めてくれました。それで、今週も来るだろうから1冊でも読んで後は返そうと思い、うつ伏せになってから起き上がりました。その本に書かれていたことが、私のこれからどういう風に生きたらいいかの水先案内になりました。本には、「誰でもキリストの中にあるならその人は新しく創られたのです。古いものは過ぎ去った。見よ。全てのものが新しくなったのです。」とあり、初めてこういう本を読みましたが、これが新約聖書だったのです。私はこの言葉を読んで、過去に生きるな、新しく生きなおせ、いつまでもそんなところにとどまっているなと教えてくれたと自己流に判断しました。そして三本の指を見て、包帯を取ろうとしたら抜けて、涼しく感じて、気持ちがいいと思いました。その時です。今までは指が三本しかないと思っていたのに、三本もある。三本も残していただいたと思いました。そして看護婦さんを呼んで、字を書き、夕食には今まで少しも欲しくなかったおかゆを食べました。すると、ほっぺたが痛いくらいおいしいと感じ、生きているからおいしいんだと実感して涙が溢れて、感激して喉をとおりませんでした。その時、生きているという実感が自分の中にはっきりわいてきた時に、この手でいい、過去にはもう生きないと思いました。ないものはないでいいんだ、と思ったら心がホッと落ち着いてきました。そして、今の自分が好きになりました。五体が満足でない自分を自分で受けいれました。今までは隠していた自分でした。が、これが米子なんだ、と思ったらとても気持ちが、楽になりました。

発想の転換で何でもできることについて

アメリカに義足を作るために行った時、両手が無く義手で2歳くらいの自分の子供の面倒を見ていた人がコーヒーを誘ってくれましたが、とっさに断ってしまいました。でも、その時、この人は両手がないのに、子育てをやっている。生きてる。人に優しい言葉を投げかけているのを見て、私は絶対に子育てができると思いました。義手ではない何でもできる手を自分は持っている。やり方は皆さんとちょっと違うが、発想の転換により何でもできるということを覚えました。例えば爪切り(実演を交えて)。ドライヤーの使い方。針に糸を通す方法。日野原先生から、「人間は無限大に可能性がある。年をとってから余計に可能性が出てくる。やろうという気持ちが大切で、老いない人生は、前向きに生きる人生だ。」と教わりました。それを、私は立証しようと頑張っています。主人にネクタイや座布団を作ってあげたら、喜んでそれを使ってくれて、とても嬉しくて、私でも役に立つんだと思いました。

私の中にもらったマザーテレサの言葉

「人は一切れのパンではなく愛に、小さな微笑みに飢えているのです。誰からも受け入れられず、誰からも愛されず、必要とされてないという悲しみ、これこそ本当の飢えなのです。愛を与え、愛を受けることを知らない人は、貧しい人の中でも最も貧しい人です。」マザーテレサは、私の理想の方です。微笑みは、ニコッとすることは、瞬時に出来て、人の心をフワッと、豊かにします。時間もかかりませんし、お金もかかりません。こんなにいい事なのに私たちは出し惜しみをしていると思います。もっと他の人に声を掛けて、微笑んで欲しいと思います。また、あなたと私は、違うからいいのであって、あなたはあなたの色で、あなたらしく生きたらいいと思います。

リンゴの皮をむく(実演をしながら)

ある半身不随の車椅子に乗っている婦人が「米子さん、リンゴなんてむけないですよね。」と言いました。私が自分のやり方でむいて見せると驚いて、「昔から器用だったんですか?」と言われ、あの人は違うと思ったそうです。その後の手紙で、その婦人は、家に帰ってから同じ方法でしたら、むくことができて、帰ってきた娘にリンゴを差し出すと、「ママ良かったね。」と言って、リンゴを食べました。そして娘を抱きしめました。それからリハビリに頑張っていて、今度米子さんに会うときには、杖で立てるように頑張ります、と書いてありました。その時、生きているって素晴らしいと思いました。今まで死のう死のうと思って、私なんか子どもにも夫にも邪魔だと思っていたそうです。しかし、人間はどの人でもみんな必要で、あなたにしか出来ない仕事があり、あなたが死んじゃったらその穴は誰にも埋められないのです。死んではいけない。あなたがいることがみんなを励ますのだという事を話して、生きるって素晴らしいことを伝えて終わります。ありがとうございました。

なんでも結構ですから質問をして下さい。

(3件の質問に答えられました。)
1.「あなたが17歳の時の自分に会えたとしたら、自殺未遂を止めますか?それを教えてください」

→いい質問ですね。あの自殺をする前のどたんばの時には、誰に何を言われても聞かなかったと思います。でも、そこに至るまでの悩んでいた数年の間の私に出会ったら、それは違うよ、頑張ろうと言って、自殺を止めることは出来たと思います。だから、もう一人の米子をつくりたくないと思います。
2.先生の名刺を下さい。→はい、どうぞ。
3.ご主人との共同生活での役割分担はどうしてられますか

→主人が昔からしてくれることは、包丁を研いでくれることです。また、高い所の枝切りもしてくれます。最近は、燃えるごみをだすことや、絨毯の掃除、食事の後の洗い物も手伝ってくれることもあります。(文責 元木 陽一)

2001年10月15日(月)夜徳島県郷土文化会館大ホールで行われた講演の要旨です。

なお「講演録音テープ」ご希望の方には送料とも1300円でお送りいたします。

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