社会福祉法人 徳島県自殺予防協会
いのちの希望

話したら きっとあります 生きる道

電話相談はこちら

徳島 088-623-0444(24時間受付中)

阿南 0884-23-4440(18:00〜21:00)

三好 0883-76-0444(18:00〜21:00/月〜金)

阿波 088-696-4443(14:00〜18:00/月〜金)

対面相談・メール相談もあります

いのち分けあいしもの

前のページへ戻ります

人間関係研究所
所長 大須賀 発蔵

いのち分けあいしもの

大須賀発蔵さん講演会の様子

私が今一番自分のいのちを燃やしているのは、人間関係研究所という、心のご相談を受けること、或はそういう面の勉強ができるような研究所つくり、自分の願いを実現する道を歩まさせていただいています。

今日は、さきほど近藤先生のお話しにもありましたが徳島いのちの電話の皆さんが、このような催しをなさるために、お招きを受けたわけでありますが、私も筑波大学の稲村弘先生の御指導で、茨城いのちの電話の理事長をさせていただいております。

ほんとうにボランティアの皆さんが、身も心もーつになって、活動なさっており、それがどういう活動であるか、私もよく存じております。非常に総合的な角度でこの運動をすすめなければなりません。

相談員の協力を軸として、社会全般の色々な力を総合して、いってみれば、ひとつの「いのちの電話まんだら」とでもいうのでしょうか。一つの立件的な宇宙を作るようなおもいでか、かわっている仕事であります。

こうして、この様に皆さんがお集り下さいまし、このことへの深い御理解をお与え下さることに、私もいのちの電話の関係者の一人として、心からお礼を申し上げます。

特に近藤先生をはじめとして、そのことの深い意味に生甲斐をかけるようなおもいで取組んでいらっしゃる皆さんに深い敬意を表わしたいと思います。

私が非常に影響をうけたのですが、カー・ロジャースという方が「もっとも個人的なことは、もっとも普遍的である。即ち、その人一人一人の体験、だれにも代わることができない一人の体験こそが、実は万人の心に届くものだ」というようなことを、前から言われておりますが、これを私は大事にしております。

私は自分の人生を振り返る時に、節日がありますが、第一の節目は、丁度七才の頃のことです。七才までは、長野県の伊那谷という天竜川に沿ったところの20キロ山に入った南アルブスの麓の大鹿村に住んでいましたが、父の仕事の都合上、父母の郷里の茨城に帰りました。

その時に、長野果から来たよそ者ということでいじめに会いました。

七才までは美しい自然の中で、非常に親しい人達の間で育った自分が、疎外された時のこわさは、自分では大変だったような気がします。

そのうち何か自分のいのちというのは、みんなと違うんだというような、何か言葉には表現出来ない不安がでてきて、人がこわくなりました。その思いは今もそうです。今も私の心の中に、ここが自分のふる里だと理屈なしに感じられないままにず〜っときた感じです。これは、しかし今にして思えば大変な届け物だったような気がします。

それにしても、生きることの心の陰のようなものだとか、苦しさというものによりそってしまう自分、同じいのちを感じると云った方がいいかもしれませんが、そんな心のおもいは、むしろその時に与えられたもののような気がします。そう思えば、つらかったことも、少しもカットしたくないのです。みんな大事に自分の人生として抱いていたいという思いです。

第二の節目は、二○才の頃で、私が中央大学の専門部で法律の勉強をしておりました時に出合った女の人とのかかわりです。

その方との出会いの中で、思ってもみない自分に出合いました。それまで女性と純粋な恋愛ができるものと思っていましたし、自分もそうしたいという夢がありました。ところが実際そういうことになってしまったら、自分というものは、そんなきれいなものじゃないということがわかったのです。 

その時、自分とは一体何なんだろうと、わからなくなっていくうちに、眠れなくなり、うつ状態に陥り、暗い岩に囲まれたようになり、苦しみと、身動きのつかない思いとを、くり返しているうちに或る朝喀血したんです。それで心身共にヘトヘトになり、畳の上にくずれ落ちることを経験しました。家に帰って海岸の方でで転地療養をして休をやすませました。そんな時に、いつの世でも、子供の苦しみを、一緒に苦しむのは母親です。私の母もそんなわけで、どうしていいかわからなかったんでしょうね。それで田舎のことですから、お寺へ行って、お坊さんに自分の子供がこんなことになってどうしようかと相談に行きました。そのお坊さんがいい先生を紹介してくれました。それが日本大学で印度哲学を研交されていた常本先生でした。

苦しい思いからなんとか抜け出したいという思いがありますから、会ってみたいけれども、こわいんです。会いたいけどこわいんです。ずいぶん迷いましたが連絡をつけて会う日を決めました。私は神田三崎町の文学部のキャンパスに行きました。秋の日の夕方、時間も場所もわかっているのに入れません。そして来なかったらよかったと思い、会って話をしても何にもならないのじゃないか、自分の心にいろんな思いがわいてきて、そのうち時間がどんどん過ぎていきました.歩いている時、「大須賀さんでしょう、待っていたんですよ。」ほんとうに優しいお顔で、私の目を覗き込むようにしてくれました。

それが私の人生を全く一八〇度変えることになった瞬間でした。
私はその時に、おそれていた自分の心が「大須賀さんでしょう、待っていたんですよ。」という伺うの働きかけを受けた時にサアーとおそれがなくなりました。ほんとうに今迄、求めた人に会ったという喜びにサアーとかわりました。それで先生のところへ行き、お話を聴いてもらったのです。教室に行きましてどのくらいの時間だったかわかりません、とにかく外がまっ暗になっていました。今思いますと先生は、私が話すことをとめなかった。ああそうですか、そうなんですか、とひたすら聴いてくれたんです。当時カウンセリングというのは、なかったから、どうして聞くということをあのようになさったのか、不思議な気がします。けれどもこれはキリスト教でも仏教でも同じです。宗教的な次元では、聞くということが愛を届けることなんです。まさに私の中に先生の思いが届いて、どんどんお話ができました。そしたら何だか、心が楽になり、おそれていた心が開けてきました。私の気持をこんなに開いてくれた内的世界っていいますか、心の世界を共にしたみたいなものすごい強い衝動にかられました。それで先生に云ったのですが「私でも印度哲学のようなむずかしいものをやれるんでしょうか」と聞きました。そしてもしそういうことをするとすれば、どんな方法をとればいいのかということを聞くような状態にまでなりました。古本屋を歩いて本をさがしていますと私はある言葉に出会いました。人間はある一つの出合いによって自分の人生がまさに、開けていきます。言葉の出合いというのもあるのですね。聖書、仏典もそうだと思います。仏教の書物を売っている小さな本屋に行った時のことです。仏説阿弥陀経と書いてある′小さな本を手にしました。今までお経など見たこともありませんでした。それを見ましたら極楽世界って書いてありました。私自身が非常に苦しい波の中にいる時でしたので、極楽なんて世界があるのだろうか、それは一体どんな世界なんだろうという、自分なりにそこに関心がありむずかしかったけれども、それを読んでいったというのは、そこにひきつけられるもの、極楽とは、ごくらくにお互いが生きていける一つの心の在り方、社会の在り方とかそういうことです。
その仏典の中の極楽世界の他のようすは次のように書かれていました。

地中蓮華大如車輪 青色青光 赤色赤光
黄色黄光 白色白光
そこでは、青い蓮の花は、青く光り、黄色は黄色に光っている。赤も白も同様で、それぞれがあるがままの自己として光り、しかも他を受け入れあい、安心して肩を並べているそしてあたりはすばらしい清らかな香に包まれているというのです。この言葉にふれた時私はす〜っと肩の荷がおりたような安心を感じたのです。というのも当時の私は心身ともに痛んでいて、自分を否定する気持が強かったのです。

戦争が終って、東洋大学宗教学科印度哲学科専攻に入学して、大学二年のサンスクリット演習の時、先生の御指導でそのサンスクリット文献を和訳したのですが実はこの文献がサンスクリット原典だったのです。それによると、青色青光青陰、赤色赤光赤陰、黄色黄光黄陰、白色白光白陰、その上に雑色雑光雑陰という一節があり、今迄、青色青光だと思っていたのがそれぞれに陰の部分があり雑色雑光雑陰というのもあるということがわかった時に、心に陰をもつ故に、仏教を選んだ私にとっては、「青色青光」と「青色青光青陰」の味わいの差ほ言葉ではいいつくせないほど大きくて深いものでした。

極倭|、ほんとうに安心して命を共にできる世界は、命の色の光も陰もそのままそっくりみんな安心して存在していくんですよ、となりが黄色だったら、黄色の色と光と陰で、そればかりか時に混乱したり、葛藤したり、自分がゴタゴタ入り混じって自分の思いさえ、定かでない時、そういういのちも、まざり色のいのちもみな同じ、安心して肩を並べて生きていく世界こそほんとうに安心できる社会の構造です。そんな風に思ってみたら、このことが非常に心にひびいてきました。

いのちの電話をやってもそうです。おそらく雑色、雉光、雑陰というところでしょう。それでいのちの電話に電話をします。それを相談員の方が「どうぞおっしゃてください、そのままお話をきかせてください、光でも陰でもいいんですよ。ほんとうに陰を受けとめてもらうところに、ほんとうに安心の世界があるんだ」ということを教えてくれました。

それで現在、先ほど申上げましたように、人間科学研究所で沢山の方の御相談をうけています。継続して四○人位受け持っています。

相談にいらっしゃる方は、私が日大で入れなかったと同じ気持だと思います。

何を受けとめて下さいと云ってくるかというと、私はこんなに光っていますという人は一人もいませんね、誰に話しても理解して、聞いてもらえません。その苦しい自分の思いを、だから私達はその陰をどれだけ受止められるか、そこに共に生きてゆく大きな陰があるのです。自分が入ることのこわさを体験したものだから、ビルの入口に札をさげました。
「研究所においでの方はノックをせずに、御自由に御人り下さい。」そう書いてあるだけでだいぶ、たすかるそうです。それほど緊張するのです。その陰を私達一緒こなってきかせていただきながら歩いているんです。

今、特こ学校に行けない御子さん連の相談は60%をこえています。みんな苦しい苦しい思いです。こんな事例があります。

学校へ行けない高一生の心の中のこと、外から見てもわからない、きくことしかないのです。

数年前のこと、九月二十二日、午前三時ごろ、何をどうしていいかわからない、頭がバラバラになりそうだ。一体自分は何をしてきたのか、だれか教えてくれ、何をすれば一番いいのだろう、父の苦しみ、母の苦しみ、その原因は自分にある、自分が立ち直れば、苦しみを解消出来ることがわかっている自分、それなのに何も出来ない自分、それよりか、だんだん苦しくなっていく、自分が早くよくならないと父が死んでしまいそう、母が死んでしまいそう、みんな狂ってしまいそう、とめどもない恐怖を感じ、あせり、そして何も出来ない自分に苛立ち、劣等感、弱気、無気力を感じ、自分一人のために、こんなに多くの人々を狂わせ、家族がバラバラになりそうでこわい、何とかしなきゃあ、何とかしなきゃあ、おれはおれ、おれ一人でどうにでもなるんだ、自分にかけられた愛情、心配、期待何もかも重い、だから下手に動けない、どうしたらいいんだ、畜生!夜がこわい、朝がこわい、昼が退屈、夜寝る時、母が自分を殺しにくるのではないか、こわい」とl書いてあります、お母さんは、この子供をみて、苦しくて自分も共に死にたい、こういう気持になってはいけないと思っていても、そういう気持がわいてきてしまう。それで苦しんでいました。

朝がつらい、朝の自分は素直じゃない、今日学校へ行こうと思った、父が起こしにきた7時35分頃、僕は寝たふりをする、起きろと布団をむりやりめくられる。絶対起きないものかだから父が怒る。プツプツ云う。あの時の父はかわいそう、父の言うことを聞いて学校へ行ったらどんなに喜ぶだろう。どんなに嬉しい気分で出勤できるだろう。わかってはいる、なのに自分は起きない、自分の非道さに腹がたっ、今日学校へ行こうと思っていた気持がす〜っとかわってしまった、いくもんか、次に母が起こしにくる、先生から電話があったという、行かなきゃ行かなきゃでも体が動かない母がひつこく起す、母は悲しそうに部屋を出ていった。

私は自分を反省し、父母に謝り、何もかも忘れて眠ろうとする。午後一時頃起きだした、朝食か昼食かわからない食事をする、テレビを観る、体がだるい、頭がポ〜っとする結局は一日休んでしまった。自分が情なくなり自分を見放したくなる。」この子は二年若しみみごと立ち治って高校に入りました。

この高校生、T君としておきます。T君と入れかわりに次の相談者のやはり高校生が入ってきたので、私は、T君に、「君が苦しかった時に親にどうしてほしかったのか云ってほしい」と聞きますと「僕の両親はできなかったけれどわが子を信じていてほしかったということだけだった。」と。「しかしこんな風に苦しんでいる時は、自分が外に示す行動は全部裏返し、したがって、外の行動をみてそれがいいから、じゃあ、信じようという信じかただったら、どうにもなりません。しかしそんな時ほど、心の一番奥で誰にも理解出来ない思いの中に、孤立しながらこんなことをやっていたら、おれの一生は終りだ、何としてもここから抜け出さなくちゃならないという思いで必死に一人で戦っていました。駄目になったっていいなんて思っていません。そういう必死で戦う子供がいるんだということを信じてほしかった。」
信じてほしいと云ってもやはり信じられないのが現実だ、お母さんだから共揺れする。共揺れは愛です。  上智大学のネプレタ一教授に愛の反対は何ですかときかれた時に、憎しみと答えましたら、「憎しみも愛の一つで愛の反対は無関心です」と云われた。

だから長い間三年もかかって親子の葛藤の中で立ち上がった学校に行けなかった御子さんの後をふり返ってみますと、なんと濃密な愛の体験を得たことかなあと感動します。だから、陰は光です。陰を大切に扱う時に、必ず光になるのです。始めから光なんかないんですよ、そういう風に私は思っています。

今日は皆さんに御目にかかり十分にお伝えできなかったことをお詫びします。私の思いを聞いていただき私自身幸せでありました。
ありがとうございました。

前のページへ戻ります

社会福祉法人
徳島県自殺予防協会

事務局
〒770-0942
徳島県徳島市昭和町7-40-6

TEL 088-652-6171

FAX 088-623-9141

09:00〜18:00