社会福祉法人 徳島県自殺予防協会
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生きること 愛すること

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エッセイスト
大石 邦子

生きること 愛すること

大石邦子さん講演会の様子

私が何か皆さんにお話出来ることがあるとすれば、倒れて今日まで生きてくる中で、この心と体で感じとめてきたことです。

私が倒れたのは東京オリンピックの年です。それまでは全く健康でした。でも、私たちは誰しも明日のことがわからないからこそ生きていられるのではないかと思います。

朝の通勤のバスの事故で、私は胸から下の感覚が無くなり、さらに排泄の機能も麻痺してました。こんなことはあるはずがないと自分に言い聞かせましたが、病状は好転しませんでした。その間私は、人間は何故こんなになってまで生きなくてはならないのか、何のために人間はこの世に生まれて来るんだろうと毎日毎日考えてました。でもわかりませんでした。わかることといえば、私のせいで家族がを大変な苦労を強いられているということでしでた。そして、身動きもできず、床ずれの匂いをかいで、みじめな管により尿をとる処置が繰り返されていく中で、私は本当に疲れ果ててしまいました。
楽になりたいと思いました。楽になるには死ぬしかないと思い、睡眠薬をたくさん飲んで自殺を図りました。そして目が覚めたときには、命と引き換えに大切な視力を失っていました。私の視力は今、肉眼では0.02しかありません。私が自殺したのは、家族を、特に母を楽にさせてやりたいという思いがあったからでもあります。
しかし、自殺をした後の両親の嘆きを知ったと時、私は初めて命と言うもの、命を結ぶ愛というようなものの存在に気付かされました。命というものは決して単独で存在しあえるものではなく、家族や親友や恋人などの一つ一つの命がお互いに深くかみ合いながらつながっていてその中の一つが傷つけば同時に他の命も傷ついてしまうのかもしれない。そうした一つ一つの命の絆をこそ愛と呼び、本当の意味での命というものかもしれないと思いました。こんな私の苦しみ、やりきれなさは誰にもわかるまいと思っていましたが、私の苦しみは父の、母の、兄弟の苦しみであったと気付いた時、家族と同じ様に私をあんじてくれていた人々があることにも気付きました。それは、友達でした。誰しもが私の病状が悪かった時に、悪性の病気かもしれないと気持ち悪がって立ち去っていった時に、私の唇に重湯をおしあて、その重湯を食べてくれた友達がいました。その時私は、この人の優しさはどんなことがあっても、死んでも忘れないと思いました。また、私が退院するまでは結婚はしないと婚期を遅らせてくれた優しさをもった友達もいました。全てを失い廃人同様になってしまった人間に対する無償の友情。
私はこの世の中にこれ以上大きな愛があるだろうか、こういう心につき動かされない人間がはたしてあるだろうかと思いました。そして、もしも私が人間であるなら、生きることがどんなに辛くても生きてこの友情に応えなければと思いました。そして今、友達が私のたった一つの最も大きな財産となっています。

友達とはまた別の意味で私を強くとらえている人達がいます。それは、私が長い病院生活を送ってきた間に別れてきた多くの、そしてどんなに生きたいと願っても生きられなかった人達です。癌に侵されながらも高校に行きたいために最後の最後まで力を尽くして勉強し、見事に合格したが、制服を一度も着ることなく亡くなった少女や、日本一のスプリンターを目指しながら志半ばで倒れていった福島県の名門高校の陸上部のキャプテンもいました。そういう人々から私は、人生を前向きに生きるということ、それは今の自分ができることを精一杯することであると教えられました。

私は今、子供達からいじめの話をよく聞きます。今のいじめというのは、いじめられている子供は一年間誰からも声をかけられない、一年間無視され続けます。 しかし、このいじめに力を貸している、それを助長させているものは、親でも先生でもなく、仲間の子供達だということをわかって欲しい。そして勇気を出していじめられている子に一言でいい、「今日一緒に帰ろう」と言葉をかけて欲しい。 そうすることだけでこのいじめはまず50%は力を失うと思います。

いじめの問題に限らず、今のこの人間社会を最も堕落させてゆくもの、荒廃させてゆくもの、この美しい自然を破壊する最も大きな力があるとするならば、それは戦争でも核兵器でも何でもないと私は思います。それは、そういうものに対して、見て見ぬふりをする、自分さえよければいいという一人一人の無関心であると思います。

そして、この社会を本当に潤いのある、優しい世の中とするためには、私達は無関心を装わない。人の苦しみや悲しみに無関心ではいられない。そういう心をこそ愛と呼ぶんではないだろうかと思います。

人生には自分の心を分かってくれる人が欲しい。これは子供だけではない。あの時、あの人と出逢うことがなかったら私の人生はだいぶん変わったものになっていただろうと思うことがあります。私の昔の経験をお話します。

桜の季節でした。病室で寝ていて、私はその時、私なんか生きてたっいていなかったって世の中は少しも変わりなく動いていく。そんな落ちこぼれ感にさいなまれながら、人間にとって本当の幸せってどういうことだろう。それは、そのひとがいなければ困る人がいるということ。その人がいてもいなくても誰も困る人がないことほど人間にとって寂しいことはないのかもしれない。なんて色々考えているうちに一気に頭に血がのぼったようになって何が何だかわからなくなり、手当たり次第にを投げて真夜中に大暴れをしました。すく看護婦さんがとんで来ましたが、注意をするのではなく、私が精も根もつきるまで待ってくれました。そして、涙を拭いてくれ、いよいよ怒られると思った時にその看護婦さんは、「ちょっとだけ桜を見てこようか。」と言って背中に私をおぶってくれました。もしもあの時、「もうこんなことをするなら強制退院です。あんた一人ぐらいこの病院にいてもらわなくたって、この病院は少しも困りはしない。」と言われていたとしたら、私の人生は大きく狂ったものになっていたと思います。でも、そういわれても仕方
のないような状況にありながらそうは言わなかった。この看護婦さんは青春時代を病み、もう二度と治ることのない障害を負って生きていかなければならない私のこの心の悲しさを、切なさを、むなしさを共に背負ってくれたんだ,この病院には私の心をわかってくれる人があったんだ,そう思えたことがそののち生きてゆくことの上でどれほど大きな力になったかわかりません。 自分は一人の人間として本当に大事にされた。この人は、ありのままの私を受け入れてくれている。私と共に歩いてくれる人がこにある。そう思える時、人はきっと立ち直ることができる。そう思います。

「徳島いのちい電話」が心に傷をおい、悲しみをもってダイヤルをまわす人達に、どうぞ大きな力となって下さることを願いながら私の話を終わらせていただきます。
(文責 元木 陽一)

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