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竹下法律事務所
所長 竹下 義樹

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石川県輪島の片田舎に生まれ育った私は、明るくおおらかな両親に育まれて無類のワンバク少年でした。中学に入った時、体型が相撲向きであったことから、誘われるままに相撲部に入りました。寒さの厳しい冬期も過酷な練習は続きましたが、好きだったのでこれだけはまじめに続けました。

中学3年になって目の異常を感じて受診の結果、外傷性網膜剥離と診断され手術を受けることになりました。0,03の弱視の状態で入院、半年間の入院で2度の手術を受けたのですが、視力は回復せず、光を感じるのみとなって退院しました。皆と共に行動できなくなったことに言い様のない寂しさを覚えましたが、不思議な程に冷静でした。

中学卒業を待って金沢の盲学校へ進み寄宿舎生活となりました。盲学校の生徒は大半が鍼灸マッサージの職業に進みます。それしか通がないからです。嫌いではなかったが、生き甲斐を感じる仕事とは思えませんでした。

目が見えなくなると音の世界に入って行くのが常ですが、私もその頃から音楽に興味を持ち始め、ギターにのめり込んでいきました。ギターを通して普通高校の生徒とも接触するようになりました。そんな或る日、弁論大会出場を先生に勧められ初挑戦は無惨な結果に終わったものの再挑戦で栄冠を勝ち取ることができました。これを機会に普通高校の生徒達と交流の輪が広がりました。時々寄宿舎を抜け出しては、その仲間たちと遊んでいるうちに彼等に刺激されて奮起しました。大学へ行こうと思うようになったのです。

盲学校の担任にその話をしましたが、相手にはしてくれませんでした。が、何度も足を運びました。「大学へ行って何を学ぼうと言うのか」と問われた時、咄嗟に「弁護士になりたい」と言ってしまいました。弁護士という仕事がどんなものかも解らずにカツコイイ仕事ぐらいの単純な動機からでした。

先生はしつこさに負けて「やれるとこまでやってみィ」と折れてしまったのです。それからと言うものは、出来の悪い強情な子をバカにすることもなく、親身になってカを注いで下さいました。高校教育を基礎からやり直して20才の春、龍谷大学へ入学を許可されたのです。この先生に巡り会えたことが失明後の私の出発点でした。

その当時、竜大の恩師に民法の大家と称される立派な教授が居られました。司法試験に合格して挨拶に伺った時「よかった、君が合格第一号になるだろうと思った」と言われました。何故?と問い返したら「君はしっこかったからね」と言われましたが、私を最も言い表している一言だと思いました。

司法試験に合格したのは1981年、9度目の挑戟といえば足掛け10年です。その間にいろんな人に出会い、たくさんの人達に支えられて頑張ることができました。先ず、法務省へ点字受験を頼みに行って断られました。前例がないから、諸般の事情により・・そんなことで引き下がる訳には行かず、何度も足を運びました。その時同行して下さった弁護士さんが、或る時、たまりかねて「あんたそれでも人間か」と大声で怒鳴りました。代弁してくれたのです。その時私は、このような弁護士になろうと思いました。単純な動横で志したことでしたが、以来考えが変わり弱者の代弁者になれる弁護士になろう、自分を大事にしてくれた人がたくさん居たように今度はそれをしてやれる立場に立ちたいと心底思うようになりました。

10年を経て今、社会保障の分野で労災に強い、医療過誤に強い弁護士と言えるようになりました。出発は単純な憧れでしたが、見聞きした立派な人への中味のある憧れに変わって行きました。

さて資格は得たものの、盲目というハンディを克服することは至難でした。なかなか採用しては貨えず、大阪まで足を伸ばして噂に聞いていた高名な弁護士を訪ねました。その人は来いとも来るなとも言われなかったのですが、お会いできたことで私は心の平静を取り戻すことができました。そこには聴覚障書を持つ先輩格の人も働いていたのです。ちょうどその時、京都法律事務所から採用通知を受けました。とても嬉しかったのですが、同時に大きな不安がのしかかって来ました。これではいけないと思い、盲人弁護士がたくさん居るという欧米諸国を視察して来ようと思い立ちました。ついては纏まったお金が要ります。そこで毎日新聞社会福祉事業団へ自ら頼みに行きました。願いは叶って不足分ははカンパで補い、晴眼の友人を伴って出発しました。ドイツ、アメリカを1ケ月で回り、盲人弁護士の活動を目の辺りにして勇気が湧いて来ました。

10年の弁護士活動で、次の目標である事務所を今年5月に開設することができました。数人の協力者を得て、現在順調に運営されております。この仕事には多くの誘惑があります。けれどもつまらぬことで自分を見失うことのないよう、自戒を込めて皆さんの前で偉そうなことを言っている訳です。

人間嫌いでは、人を相手にする仕事は出来ません。今日まで頑張って来られたエネルギーは人を好きになることかな?という気がします。私は人との出会いを楽しみに生きている人間です。

最近は体を動かすことに興味を持ち、スキーや登山をしています。風景は見えませんが山の風や空気、滑走する時、歩いている時の快感は自分だけのものです。司法試験合格は遅かったけれども、結婚は早くて21才の時。学生結婚の妻はおおらかで強い人です。この妻と多くの友人やボランティアの皆さんのお陰で勉強が出来、山登りや岩登り、スキーの楽しみも覚えました。素晴らしい人々との関わりや支えがあったからこそ生きいきして居られます。

そういう人間関係を大事にして10年後にも、同じことを言い続けている人間であることを自分に言い聞かせて締め括りにしたいと思います。

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