社会福祉法人 徳島県自殺予防協会
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生きるって悲しいけど 楽しいなあ・・・

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止揚学園
園長 福井 達雨

「止揚学園」

福井さん講演会の様子

滋賀県能登川町という小さな町に、重い知恵遅れの人達の施設「止揚学園」があります。仕様のない子がいるからショウガクエンいうのと違うか、という人もいますが、ヘーゲルという哲学者が唱えた言葉を訳したものです。意味は、二つの物がありそれがぶつかって潰れて、二つが一つになった所から新しく生まれ育って来るということです。知能や身体に障害を持った人達と、そうでない人達がぶつかって一つになって、新しい生き方をしたかったので、この様に名づけました。今ここには、16才から40才までの人達が40名、他に職員が40名とその家族も一緒に生治しています。私はこの人達と共に生きて38年が経ちました。その間に教えられたことを皆さんにお話しながらいろいろと考えてみたいと思います。一つ心配をことは、私の考え方が殆ど皆さんと食い違うことです。皆さんは障害を持たない多数側から物事をお考えになり、私は少数派である障害者側で考えているからです。何故ぶつかるのか、一緒こ考えていただくのがこの僅かな時間の深い意味があることではをいかと思うのです。

ボク、アホやない人間や

アキオくんという男の子がいました。テンカンとい病気を持っていて、その時彼の発作は半日以上も続きました。病院へ連れて行くとお医者さんはそれを見て「こんを大変な子私の所では診られないから他の病院へ行って下さい」と言われました。たらい回しにされてやっと入院できたのは翌日の正午でした。それから2時間後、アキオくんは亡くをりました。そばにいたお医者さんは「こういう子供は早く死んだ方が皆んなが幸せになるのではないでしょうか」と言われました。
アキオくんのお葬式を施設ですることになり、外から沢山の人が見えました。そして口々に「アキオくんは優しい子でしたね。温かい心の持主でしたね。」と言いました。

その頃私は20代の若者でした。本音と建前などという精神二重構造はありません。だからこんな挨拶をしました。「今日皆さんは口を揃えてアキオくんを誉めて下さいました。なぜ生きている時に誉めて下さらをかったのですか、アキオくんが外に出て行くといつもおまえはアホやからと言われ、帰ると私の所へ来ては“ボク、アホやないなあ、人間やなあ”と言っておりました。お葬式は中止させていただきます。すぐに外へ出てアキオくんが訴え続けていた言葉を伝えて欲しいのです。愛というのはきれいを言葉ではなく、温かくて美しい行動をのです。」当然、会場からは無礼な男だと非難の声が上がりました。しかし私はどうしても彼が叫び続けた言葉の意味を伝えてやりたかったのです。

為にではなく共に

私は4人の男の子達と共に歩み始めました。全く理解のない時代でした。とうとう生活が出来なくなり、料理屋さんから残飯を貰って飢えを凌いだ生活が3年程続きました。そのうちに栄養不良と過労で倒れ入院生活を余儀無くされました。幸い内臓の病気は全部治りましたが、その時から脚が片方曲がらなくなりました。ほんとうに辛い時期でした。理想としている道が完全に閉ぎされた思いでした。その時病床で、ふと枕元にあった聖書を手にしました。キリストは自分が神であるのにそれを固守せず、自ら下に飛び込んで人間の形をとり共に苦しみ悲しんで下さったと書いてありました。神様というのは下に立つ愛を持ち共に生きて下さる「為にではをく共に」なんだ、と気づいたのです。この言葉はあれ以来生き続けて、今では流行語のように使われていますが、聖書を読んで私が生み出した言葉だと思います。こうして苦悩のどん底から生き還る思いがしたのです。

中継ぎ者はしんどいけれど

その時分4人の男の子がおりました。2人は座敷牢、1人は土間に掘った穴の中、1人は天井裏に隠されていました。それを見て怒鳴りつけました。母親は泣きながら「この子を外に出しても守っては貰えません。穴の中にいる時だけ命が守られるのです」と訴えました。愛情がなかったのではなく周囲の人達が冷たかったのです。その4人の子供達と歩み始めたのでしたが、今残っているのは私とタシロくんだけです。タシロくんは毎日ウーウーウーと何か歌っています。いつも同じ歌うたってると皆んなは言いますが、私には同じ歌とは思えないのです。私は38年間同じことを言い、行動し続けて来ました。”見えるものより見えないものを、為にではをく共に、子供の笑顔消さないで”と、進歩がないと言う友達もいます。38年前この人達に「結婚できる日が、就職できる日が必ず来るよ」と言ったのに何も出来ていません。確かに私が生きてる間にそんを日は来ないでしょう。でも中継ぎの仕事はできると思うのです。私が死んだら誰かが受継いでくれる。
そしていつかきっとその日が来ると思っています。一歩一歩をいい加減にしては後継者が出て来ません。だから、しんどいけれど一途にして行こうと思うのです。同じことを言い続けて進歩がないと言われますが、私にとっては日々新しく、日々そこに深い意味があるのです。

よい天気ありがとう

おまえは人間じゃないと言われるこの人達に、私はすばらしい人間性を感じてまいりました。実は4年程前、余り雨が降らなかったことがあります。琵琶湖の水位は下がり、東京では飲み水がなくなると心配されている時、予報がはずれて大雨になりました。こうなると私達の建物は浸水の恐怖にさらされます。3日続きの雨で水掻きに大わらわの最中、マリコさんという女の子が運動場へ飛び出し踊るように走り回りながら「神様よい天気ありがとう」と叫んでいるのです。やめなさいと言っても聞きません。
訳を聞くと「お百姓さんも東京の人も喜んでるやろ、そやからよい天気ありがとうやろ」と言うのです。私は恥かしく思いました。今年お母さんが亡くなった時は「私大人、泣かへん」と一言いってあとはニコニコしていました。泣いたら私が心配するだろうと悲しみをこらえていたのです。

生きていても仕方ないと言われる人達の中で、こんな素晴らしい他者への愛を持っている人達がいるのです。

水におぼれたカモ

止揚学園は非合理で不器用で有のままです。でも日本の社会はどんどん合理的で器用に人工的に進んで行きます。実は私達の所に人工養殖された一つがいのカモがいます。本来カモというのは一時期しか卵を生まない筈なのに、このカモは毎日生むのです。受精卵なので孵してやりたいと思いましたが、どうしても抱くことができません。仕方なく機械で孵して貰いました。
或る時、子供達が池を造ってやろうと言い出して、池を造り水を張ってカモを放してやりました。翌朝行って見ると全部溺れ死んでいたのです。羽に脂を塗って水に入るということを知らをかった為に、水を含んだ羽は重くなり溺れたのでした。もっと悲しいことは、氷点下の屋外に出すと凍え死んでしまうのです。それだけではありません。自然の餌を捕ることすらできません。形だけはカモですがカモとは言えません。人間がカモをカモでなくしてしまっているのです。私はあのカモ達を見ていると、現代の日本の子供達や老人達や障害者のように思えてなりません。人にして貰うことは上手になりますが、人のことは一切しない。人間関係を持たないのです。これでは人(個・孤)としては生きられても、人間としては生きられません。人が沢山集まって喧嘩をしたり泣いたり笑ったりして、いろんな関係を持って生まれて来るのが人間社会だと思います。自分さえよければという人が増えると、人の命は侵され自分の命も侵す社会が生まれて来ると思います。今いろいろな対策を執ろうとしていますが教育の世界に対策はありません。つまり止揚しない限り本当の社会は生まれて来ないと思います。こんなことではいけないんだと一人一人が叫び行動し、人間としての連帯を持たなくてはいけません。何もしないで後悔するよりも、一途にひたすらにその事にぶつかって何も出来なかったことの方が、深い意味があると思います。

師がふえて者がへった

今までに海外へも多くの講演旅行をしましたが、一度も病気をしたことがありませんでした。ところが3年前インドネシアへ待った時、便所から立ち上がれないような現実に直面し止むなくお医者さんを呼びました。そのお医者さんは私の手を握ってお話しながら1時間以上もいて下さいました。その温もりの中に言い知れぬ信頼感を覚えました。持っている医療器具は私の子供時代の物でした。それを見をがら私は日本の医療事情を考えていました。此の頃の病院は5分〜10分位で診療が終わります。そして沢山の薬が渡されます。どれが何の薬かを親切に説明してくれるお医者さんは少なくなっています。医師が増えてお医者さんが少なくなりました。医学を駆使し方法や技術で病気を治すことはできますが、人間の笑顔が消えて行くような気がします。教師はいつも子供の上に立って管理し規則の中でガチガチ勉強を進めていきます。子供の頭は賢くなりますが笑顔が消えてるような気がします。悲しいいかな日本は師が歓迎され者が捨てられて来ています。インドネシアで出合ったお医者さんの手の温もりの中で、こういう教育をしよう、子供の笑顔を消さない教育者になろうと思ったことでした。

子どもの笑顔消さないで!

止揚学園にはニワトリがいます。老化したものを処分して卵をよく生むのと替えようかと言うと、ニワトリの世話をしている男の人が、ニワトリ殺したらあかんぞ!と怒鳴りました。よく生む者は生まない者の分まで一生懸命生んでいる。生まなくなった者は生んでくれる者の分まで一生懸命生きている。生むものだけを大事にすると、素晴らしい連帯を持って来たニワトリ社会を壊すことになって、よく生むニワトリまで不幸にしてしまうと言いたかったようです。今の日本は出来るか出来をいか、出来ない者は捨ててしまえという考え方です。

私が今までどうしてもやれなかった事の一つに、子供達を町の学校へ行かしてやれなかったということがあります。10年程前、養護学校義務化という政令が出て移ることを余儀なくされました。養護学校の方が設備もいいし先生も多いから、その方が子供達も幸せでしょうというのは建前であって、知恵遅れの子供達が来ていると、自分達の子供まで勉強ができなくなるというのが本音だったと思います。子供達は学校へ行きたいと泣きました。子供達の涙を見をがら思いました。教育というのは子供の笑顔を増やすものなのに、教育が子供を泣かす。これでいいのだろうかと、あの涙を忘れることは出来ません。絶対忘れまいと思っています。そういう中でいろんな事にぶつかりながら頑張って来た38年の歩みを一言で言い表すならば「生きるって、悲しくて楽しいなあ」という青葉で表現されるような気がします。
重い知能障害を持つ人達と共に生きた38年間は、悲しいことの方が多かったのです。でもそのうちきっと「生きるって、楽しくて悲しいなあ」と言える日が来ることを信じて、明るく叫んでいるのです。

ボク、アホやない人間や

みんなと学校行きたかった
友だちたくさん欲しかった
ボク アホやない 人間や
ボク アホやない 人間や
こんな美しい言葉残して去った
この子の思いわかって欲しい
生きている時にこそ友だちになって
温かい心で 手をつないで
温かい心で 手をつないで

子供の笑顔、消さないで

子どもたちは笑ってます
友だちと赤とんぼ追っかけた
すばらしい日々があるから
だれもこの幸せうばえはしない
だれもこの幸せ止めることはできない
だから 子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
子どもたちは泣いています
わたしたちの心を どうして
大人たちは引き裂いて行くの
だれもこの苦しみ分ち合えない
だれもこの悲しみ知ることはできない
だから 子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
子どもたちは信じてます
友だちといつまでも手をつないで
歩ける町があることを
みんなでこの喜び守って行こう
みんをでこの幸せ育てて行こうよ
みんをで 子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
子どもの笑顔消さないで
(テープ起こし八巻吉子 文責公報委員会)

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