社会福祉法人 徳島県自殺予防協会
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生きる歓び生命の尊さ

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ライフカウンセラー
田原 米子・昭肥 夫妻

生きる歓び生命の尊さ

講演会の様子1

皆様、ようこそお出で下さいました。私達がこうして外へ出られることは、ごく当り前の事のように思いがちですが、そこには安心して出られるようにして下さる家族がいらっしゃるのです。いい家族に包まれていることを忘れてはいけません。でも私自身、手足があって自由に動き、見たり聞いたり、話したり書いたり出来る事にあらためて感激した事は、18歳になるまで一度もありませんでした。

ところが今は、一日一日が勝負みたいなものです。今日は立てる、歩ける、痛みがないという具合で、毎日がどうなるか分らないという状況の中で、生きることのすばらしさを身をもって味わっているわけです。小さいお子さんなんか「おばあちゃんキカイのアシなの?」手がないことに気づくと「手が取れちゃったの?」と表現がとても面白いです。「おばあちゃんはね、電車にぶつかって手も足も取れちゃったの」と答えますが、実際はそんな簡単なものではなくて、踏まれても痛くない反面、消耗品ですから2年も使うと、ガタガタバラバラになってしまいます。でも3歳や4歳の子にはその位しか分りません。それ以上しつこく聞くこともなく、変な目で見るということもありません。だから私は障害者として、一般のそういう質問に対しても変にいじけないで、サラッと答えることにしています。そして「こんな事して欲しい。こんな事は迷惑です」という事も、サラッと言える人間でありたいと思っております。一般に障害者の方は、そういう事を卒直におっしゃらずに「やっぱり出ると辛いから」と閉じこもってしまいがちです。私はそういう人達に代って、あらゆる場を利用しては障害者の気持ちを述べる事にしています。

或る時、レストランでステーキを注文しますと、運んで来て下さったボーイさんが「お切りしましょうか」と言って下さいました。私は「ありがとう。必要な時にはこちらからお願いいたします」と言いますと、失礼いたしました、とさがりました。帰り際に私は責任者の方に言いました「よく教育していらっしゃいますね。うれしい一言いつでも障害者の方に掛けてやって下さい」「こちらこそ、とてもうれしい一言、みんなによく伝えます」と喜んで下さいました。

人間関係の中で大事なことは、欠点を言うよりもーつのほめ言葉がいかに大切かということです。たった一つの言葉が、すばらしい出会いのもとになることがあるのです。今はこうして障害者として生きることになった私も、18歳までは五体満足でした。ふとした事で全てを投げ出し死のうと思ったが為に手足を失いましたが、こうなったお蔭で得たものも多いのです。今日は私の泥臭い、人間臭い過去から現在に至った過程をさらけ出して何かお役に立てたらうれしく思います。

私は母が45歳で生まれました。高年出産の子であったせいか溺愛されて、完全な母子癒着型として育ちました。物は十分に与えられ不自由はなかったにもかかわらず、不平不満ばかり言ってがまんということを知らずに育ちました。親ばなれ子ばなれが出来ぬままに私が中学2年になった時、母は突然脳溢血で倒れて意識不明のままこの世を去りました。

無口で地味な役所勤めの父は、再婚もせずに父子家庭を続けることになりました。家に帰っても誰もいない淋しさから、外食をし、お金を使う楽しみを知りました。欲しい物があると借金をしても手に入れ、挙句の果ては家のお金を持ち出すまでにエスカレートしてしまいました。学校の規則を破り乱れた服装で髪を真赤にして登校しました。先生の関心を買おうと試みても真剣に相手になってくれる先生はいませんでした。その頃は「いのちの電話」もありません。何をどうやって見てもむなしさだけが残り、次第に心を閉ざすようになって行ったのです。

母が亡くなって淋しくなった事は事実でしたが、それが直接自殺の原因になったとは思いません。一つのきっかけにすぎなかったと思います。病院にかつぎ込まれてからも、親身に看護してくれる姉にさんざん悪態をつき困らせました。「ありがとう」「ごめんね」は間違っても出て来ません。小さい時からそういうしつけを受けていなかったのです。もし子育て中のお母さんがいらっしゃいましたら、この事をしっかりと身につけさせてやって下さい。テレビも社会も教えてはくれません。

そんなひねくれた、心まで不具の私がどうして気力が出て、こんな事をスラーツと話せるようになったのかと言いますと、きっかけが一つ出来たのです。「お連れしました」と云って高校の先生がクリスチャンの人達を連れて来たのです。私はムカムカイライラしてこの人達を見ました。でも話を聞いてる中にこの人達は何か信念を持って生きてるんだなあ、ととても新鮮なものを感じました。そして人間は皆愛されて生かされているのだということを知らさせたのです。

ようし、ほんとうかどうか神に賭けて見よう。ダメなら死ねばいい。そして神に助けを求めました。近藤先生もおっしゃるように、死にたいと思う人程生きたいのです。でもどうしていいのか分らない。八方塞がりなのです。でもその時、気がついたのです。目の前は四面楚歌のように見えるけれど、いつも必ず天は抜けているんだと。私は「助けて下さい」と自分を上に向けました。そして可能性を求めたのです。

その夜、何もかも忘れてぐっすり眠りました。そして快く目覚めました。枕もとにあった本を何気なくめくったら、そこに「古いものは去って、見よ全ては新しくなった」と目に止まりました。新しいなんていい言葉だなあと思ってふと手を見た時に、あれっ、私本が持てる、広げることができる、指が3本も続いて残ってる、そんな事今まで考えたこともなかったのです。文字を書いて見ました。書けるんです。御飯を食べて見ました。食べられるんです。

その時からです。私は過去に捉われずに、マイナス志向ではなく「見よ、全てが新しくなったのである」というそれは聖書の言葉だったのですが、その言葉が私の力になりました。ようし、前向きで行くぞ!とその時心に決めました。人間プラス志向になったら大抵の事は出来るんです。そういう可能性を持って生まれてると私は思いたいです。

失くなった物を追いかける人生に終止符を打ち、三本もあるという人生を歩み始めて既に29年経ちました。生きることがほんとうに楽しく、人との出会いを心から楽しんで居ります。病院に来てくれてムカつく思いで会った若い牧師さんと結婚して二人の子を育てました。26歳と25歳になる二人の娘は、看護婦とスチュワーデスとして、それぞれの道に精進しております。

今、私は日本中を一人旅しております。歩いて見て思いましたが、飛行機も新幹線も実に行き届いています。歩くことで私は素晴しい出会いを得、生きることのすばらしさを味わっております。みなさん!あなたのまわりにいる人達に、あの人がいてくれる、あの人のお蔭で私は、と言われるように生きようではありませんか。

あなたが明るく生きることを、私は心から願っております。
(文責 八巻吉子)

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