社会福祉法人 徳島県自殺予防協会
いのちの希望

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神の力は弱さの中でこそ働く 神は小さく貧しくされたものと共に

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釜ヶ崎反失業連絡会 代表
本田 哲郎 神父

はじめに

本田哲郎神父 講演会の様子

私は釜ケ崎で路上生活をする労働者に教えられるまでは、人によく思われたい気持ちがあり、とてもしんどかったです。

しかし洗い立ての毛布を「どうぞ」と差し出したとき、「兄ちゃん、すまんな、おおきに」と、ニコッと笑って受け取ってくれた1人の労働者の言葉で、私は頑張りから解放されたのです。

幸いヘブライ語、ギリシャ語を学んでいた私は改めて原文で聖書を読み返してみました。気づいたメッセージの1つは「力は弱さの中でこそ発揮する」でした。普通の価値観では“強い人が弱い人を助けてあげる”です。
いのちの希望のボランティアも死ぬか生きるかの瀬戸際にある方から“自分がどれほど支えられているか”という感じになれたら、相手の人も安心して話せるようになるのです。

今日は3つのことを話したいと思います。

相手の立場に立って考えよう

たいていの人は「相手の立場に立って考えましょう」と言います。私は釜ヶ崎でこれに2つの大きな落とし穴があることに気づかされました。@本人はそこで住むことを本当に望んでいるのかどうか分からないのに、あの人にあそこでテントを張らして置いてあげようと思っている。A「会社勤めよりもここの暮らしの方が楽だよね」なんて簡単に思ってしまうこと。釜ケ崎でどんなにいい環境を自分で設定しても、常時人の注目を浴びていることやトイレなどの不自由さも知らないで、勝手にその人の立場に立ったと思っているのです。

大事なことは「人は他の人の立場に立てない」です。そこからスタートして下さい。立てないけれども同じ所に立とうとできるだけよい努力をして下さい。でも最後は立てないんだということをきっちり分かった上で。

英語にunderstandという語があります。underは“下に”、standは“立つ”です。同じ土俵に立つというイメージではなく、「相手よりも下に立たないと理解が始まらない」という意味です。本当の理解とは相手をそのまま尊重してそれを受け止めることでしょう。

いのちの希望の相談でも、「それはあなたの思い違いだ、ちょっと考えが狭いよ」と言いたくなることがあるかも知れませんが、その人にとっては今が精一杯なのです。いくら視野を広げて上げようと思ってもそこまでしか見えていないのです。だから先ずそれを受け止めるのです。

“みんな違ってみんないい”?

金子みすゞはこう詠みました。だけど本当はこれは“違うだろう”と、釜ケ崎で気づくようになりました。貧しく小さくされたままで、いろんな選択肢まで奪われた状態で、自己実現の足がかり手がかりの無い状態に置いておかれて、「他人と違っていていい、認めてあげるよ」と言われて、後知らん顔をされたら、こんな悔しいことはありません。金子さんはいろんな苦しみを知っている人だから、そんな安易な気持ちで言ったのではきっとないと、私は思いましたが。

その仲間の下に立って関わっていくときポロッポロッと、彼は何をしてほしいかを教え、気づかせてくれます。それに応えていろんな能力のある人が各分野でこの人の視座に立たせてもらって、どういう体制が取れるか。それができて初めてみんな違ってみんないいと言えるのです。違ったままでいいと、勘違いしてはなりません。

愛するとは大切にすること

私たちはできないくせに、なぜ「みんな友達になりましょう。あの人を仲間はずれにしてはいけませんよ」などと言ってしまうのでしょう。

キリスト教関係で注意しなければならないのは「隣人(敵も)を自分と同じように愛しましょう」です。愛せるはずがないのです。愛していたら敵ではないのです。

“世界はみんな家族”は美辞麗句です。これもごまかしです。相談員も相手の方を、「この方に本当の意味での愛情が注げたらなあ」と、どこかでつい高望みをしてしまうのです。

関わりのいちばん根本にあるのは、その人をその人として大切にすることです。愛せるはずのない人を愛そうと頑張るとき偽善が始まっているのです。連れ合いの愛すら薄らいでいきます。それもちゃんと受け止めてほしいのです。大事なのはその人をその人として大切にすることです。

アンダースタンディングで理解するしかないのです。傾聴、尊重することです。「社会で小さくされ、つらい思いをしている誰かの前に立つとき家族のように愛せるかと、自分に問うことは無意味です。無理に好きでもないのに“好きになろう”、“好きになったかな”、“私はこの人が好きなんだ”。その嘘が始まると、もう相手の人は耐えられません。好きになろうと努力しているこちら側は気分がいいですが。
そんなスタンスで関わられる相手の人にとってこれほどつらい気持ちはないのです。自分自身が大切に扱ってもらいたい。そのようにその人を大切にしようと腹をくくるのです。その時互いの尊厳を認め合う関わりが始まるのではないですか。 そういう相手に対してはポロッと“本音を出してもいいかな”となるのです。

今日のテーマ、いのちの希望の“いのち”は“生きていて良かった”ということですね。そのためには、どうすれば死なないようにできるかということよりも、どうしたら“生きていていい”と言えるかということです。

大切にしてくれる人が電話の向こうにいる。自分のことを真剣に受け止めて、アンダースタンディングしてくれる人がいる。それで人間って、何故かホッとするんですよ。大切にし合う。認め合うのです。釜ケ崎での体験です。
力は弱さの中でこそ発揮される。

お母さんは赤ちゃんに励まされて、それが生きがいになって支えられているということがあります。徳島県自殺予防協会の皆さんも電話の相手から何を励まされ、何を出され、どんな力を提供されているでしょうか。気持ちのどこかにそういうものを持ち続けて下さったら、相手の気持ちが分かると思います。相手は上からの目線ではないと分かるのです。

最後に一点

福沢諭吉は『福翁自伝』に「人を目下に見下すことはなはだ嫌いである。……私は少年の時から人を呼び捨てにしたことがない」と書いた後で「車夫、馬丁、人足、小商人のごとき下等社会の者は別にして、いやしくも話の出来る人間らしい人に対して無礼な言葉を用いたことがない」と書いています。日本人の人権感覚と共通しています。電話先の人に変な線引きみたいなことをする自分がいるとしたら、絶対その人との本当の意味でのコミュニケーションは成り立たないと思います。(講演内容を要約しました・・
文責 広報委員会)

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