社会福祉法人 徳島県自殺予防協会
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愛はいのち いのち分けあいし 愛しの故郷

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徳島県自殺予防協会 理事長
希望館 牧師 近藤 治郎

第1部 はじめに

近藤治朗さん講演会の様子

この機関誌の内容は、以下のように三ヶ所で開催されました30周年記念「ありがとう講演会」の講演要旨を収録したものです。

プログラムは一部、地元市長の祝辞、組織を代表して理事長の「30周年の謝辞」、花束贈呈、支援会幹事の支援依頼と課題のアピール。その後お知らせに続き、二部講演「愛はいのち」が行われましたが、謝辞と講演部分を収録したものです。

30周年記念「ありがとう講演会」
・ 10月30日(金)19:00〜21:00
あわぎんホール(郷土文化会館)
・ 10月31日(土)14:00〜16:00
阿南市コスモホール
・ 11月 1日(日)14:00〜16:00
三好市保健センター

みなさま ありがとうございます

みなさま徳島いのちの電話30周年記念「ありがとう講演会」にようこそお出で下さいました。組織を代表いたしまして心よりの歓迎とお礼を申しあげます。

この講演会は、自殺予防を目指した「徳島いのちの電話」30周年を総括し、組織を代表して感謝とお礼を申し上げると共に、40周年に向けて今後の課題を展望し、さらなる自殺予防の前進に繋げたいこと、また、40歳で始めました私も70歳となり、個人的にも「いのちの電話」に打ち込んだ30年の思いを語らせていただき、お礼を申し上げたいと願って計画されました。

▼ 皆様のご協力で開催できました

近藤治朗さんとボランティアの方

今晩のような講演会を開催いたしますにも多くの方の尊いご奉仕とご協力があればこそ開会できました。会場費や印刷費などの諸経費を賄うために、プログラムに印刷されています方々が協賛広告費にご協力くださいましたし、正面の看板やお花なども尊いご奉仕で準備されました。広報面でのご協力を下さいました方々や司会や手話通訳をはじめ多くの奉仕者で準備運営されております。また隠れたところで多くの尊いご奉仕ご協力に支えられていることを覚え、ご協力下さいました皆様に厚く厚く御礼申し上げます

30年を振り返って

早いもので徳島いのちの電話が始まりまして30年と4ヶ月が過ぎました。みなさまの尊いご支援があればこそ、今日まで続けてくることが出来ました。重ね重ねも深く感謝とお礼を申し上げます。

▼ 徳島いのちの電話を始めた動機

徳島いのちの電話は1979年7月7日に始まりましたが、その日を遡ること2年ほど前にある自殺未遂をされた方との出会いを通して、その日まで自分の知らなかった、「自殺」という悲しく辛い選択をされる方がいらっしゃることを知り、そのような不幸を一つでも少なくしたいという思いから、私達夫婦の責任で現在の希望館生涯学習大学の前身である、徳島キリスト伝道館の奉仕活動としてはじまりました。

▼ 市民運動への経緯

開設以来電話相談と共に危機介入や緊急避難も含めて24時間体制で取り組んでおりましたので、相談活動は繁忙を極めました。

掛かり付けの医師から「ほどほどにしないといのちの電話でいのち落とすでよ」と忠告を受けるほど多忙を極めました。

そして分かったことは、「絶望こそは死に至る病」であること、話を「親身になってよく聴き、共に考えて、生きる希望と勇気と知恵を分かち合う」ことが基本ではありますが、お腹の空いている人には食事を、何日も寝ていない人にはお風呂や温かいお布団を用意することが必要であることが分かりました。

言い換えると精神科医の協力や生活保護など色々な方のご協力で進めるべき活動であることが分かりました。また、「臭いものは元から絶たなきゃだめ」というテレビコマーシャルがありましたが、困っている人を支援する事は意義あることですが、困る人を作らない社会を創らなければ片手落ちであること、つまり自殺は社会の病理であること、市民運動としてみんなで取り組むべき課題であると考えて、1982年10月9日に市民運動としての開設式典を行い、相談員を始め、運営、広報、資金等、市民のボランティアによって支えられる運動を展開することとなりました。

20周年という節目で

▼ 20年間は相談一筋

振り返りますと開設から20年は相談一筋という感じで取り組みました。しかし、一生懸命取り組んでいるのですが、相談電話というのは必ずしも緊急を要するものや悲嘆や苦悩に満ちたものばかりではないのです。いたずらや冷やかし、淋しさだけで掛けてくる方も多いのです。その背景にはそれなりの課題を抱えてはいるのですが、このような状態で自殺予防は進むのだろうかという素朴な疑問を持つようになりました。

▼ 自殺死亡率が激変したという事実

そこで20周年を総括して自殺に関する統計を確認して驚きました。

厚生労働省の人口動態調査の自殺統計をもとに調べますと、徳島いのちの電話の始まった1979年は全国で自殺死亡率(10万人に何人なくなるか)で5番目に多い県でしたが、20年経った2000年では三番目に少ない県になっていました。この20年の間に全国平均で6.4人自殺者が増えたのに対して、唯一、徳島県だけが3.2人減っていたのです。これには驚きました。県民みんなで努力してきた数字ですが、もしかすると徳島いのちの電話も少しはお役に立っているかもしれないと感じ、一同で30周年に向けて決意も新たに活動方針を考えました。

30周年に向けて目指したこと

▼ 相談活動の拡充

30周年に向けて考えた最初のことは、さらに相談活動の充実です。

電話相談の良いところは、繋がりさえすればお役に立てることもあるのですが、いのちの電話の最大の弱点は話し中が多く繋がらないことなのです。一番長い電話は7時間半というのもありました。電話は1対1ですから、話し中が多くて繋がらないのです。

▼ 支部センターの増設

そこで、それを改善する方法は、相談員を増やすことなのですが、相談員ボランティアを増やすためには、そう遠くない所に活動拠点があることが重要課題であることから支部センターを増設することを考えました。

そして、30周年の今日現在、徳島、美馬、阿南、三好の4市にセンターを開設し活動が始まっています。

▼ 相談員養成講座も4ヶ所で

近藤治朗さん講演会の様子その1

相談員を募集養成する意味でもあまり遠いところでは参加者が得られません。そこで現在は、徳島(本部)では昼夜、美馬は昼、阿南と三好は毎週夜研修会を続けています。

▼ それだけでは充分でない

30周年に向けて考えたことは、「それだけでは充分でない」ということでした。「それだけとは「相談活動」を意味していますが、従来の電話相談や面接相談や危機介入もさらに充実させる必要はありますが、一ボランティア団体だけで出来ることには限界があります。

自殺は病める社会のバロメーターですから、みんなで自殺予防を考え取り組まなければなりません。

▼ みんなで取組むために
「徳島県自殺予防協会」に名称変更

そこで、まず法人名を徳島いのちの電話から「徳島県自殺予防協会」に変更し、「自殺予防のためになることは何でもする」というスタンスで組織の枠組みを大きくしました。

具体的には、「相談事業」の他にも「広報、啓発、普及」事業や「ボランティア養成」事業、地域に根ざした「支援会活動の充実」を推進しようというものです。

▼ 徳島いのちの電話は・・相談活動の総称

そして電話相談・面接相談・危機介入等の相談事業の呼称を「徳島いのちの電話」としたのです。この名称変更により行政をはじめ多くの団体との連携が一段と進むこととなりましたし、全市町村から助成金を頂くことにも繋がりました。

▼ 機関誌の増刷

広報面では、機関誌を8頁5000部だったのを最近では16頁22000部と増刷すると共に、その配布を県をはじめ全市町村の協力で役所庁内は回覧、学校をはじめ関係機関、関係部署に行政の手で広く広報誌が配布されると共に通信費の軽減にも繋がり、大きく一歩前進しました。

▼ 講演会を通しての広報啓発

従来から講演会は開催していましたが、最近では毎年3〜8ヶ所で講演会を開催し、広報啓発に努めています。参加者には生きる希望と勇気を届け、社会ぐるみで自殺予防を考えて協力する機会として定着して参りました。

そして、行政や各種団体とも連携、ご協力いただけるようになり、機関誌の増刷と併せて啓発普及の役割を担っています。

▼ フォーラム「生きる」

「自殺予防・今私達に出来ること」
 当初は自殺予防フォーラムと称しておりましたが、自殺自殺という言葉に抵抗を感じられる方も多いので、最近はフォーラム「生きる」に名称を変更し、毎年行うようになりました。特に昨年11月には30周年記念事業の一環として、県知事、県医師会長、県商工会議所連合会会長、県教育長など、県各界トップをパネラーに、「自殺予防・今私たちに出来ること」というテーマで開催することが出来、念願の県民運動元年として記念すべき年となりました。

▼ フォーラムin市町村

今年は市町村にご協力を頂き、30周年記念事業の第2弾として「フォーラムin市町村:自殺予防・今私たちに出来ること」を23市町村で27回のフォーラムや職員研修会、講演会などが進行中です。

このように皆様のご支援ご協力で幾分「県民運動」として動き始めました。しかし、自殺率が少なくとも半減という所まで行かなければ自殺予防運動が実を結んだとは言えないと思います。

40周年に向けての課題

▼ 24時間体制にチャレンジ

そこで40周年に向けて、いくつかの具体的課題を持つと共に、従来の活動をより充実して行かなくてはならないと考えております。

皆様のご支援ご協力で徳島市、美馬市、阿南市、三好市の4センターとなり、広報啓発活動も進み、行政をはじめ各種団体との連携も拡充して参りましたが、その中身はまだまだ始まったばかりです。特に大きな課題は人員の増員と人材の育成です。

▼ 24時間態勢を視野に入れて

2012年頃には本部徳島センターだけでも24時間態勢を整えたいと願っています。

これを提言することは簡単ですが、実現し継続することは簡単ではありません。何しろボランティアの団体ですから、「何もそこまでしなくては」という意見や「誰がするのか」という意見もあります。

しかし、深刻な相談は、深夜に多く、統計では早朝6時頃の自殺が多いのが現実です。現在カバー出来ていない時間帯なのです。この団体は「自殺予防を目指す団体」であることが明確である以上、「一つの重要な課題」であると考えています。

▼ 施設の拡充

そのためには「施設の準備」や「相談員の研修」など多くの課題がありますが、40周年に向けて、本部電話室をはじめ関連施設の拡充に取り組むと共に、人材の育成や組織の成長に取り組んで参ります。

▼ 相談活動ボランティア増員計画

4センターでの相談活動の拡充と本部徳島センターでの24時間体制を実現するためには、相談員ボランティアの増員が鍵となります。そこで、従来の養成研修プログラムを根本的に見直すことと致しました。

▼ 思いついたが吉日・・相談員養成講座

従来の相談員養成講座は、前期「人間成長カウンセリング講座」と後期「相談員養成講座」(全40回)という大きな枠組みがあり、開講時期も7月開講という時期が決まっており、興味を持たれた方も次年度開講まで待たなくてはならず、その間に状況が変わり開講時期まで待って受講をしていただける方は少数でした。

▼ いつどこからでも参加できる
  傾聴ボランティア養成講座

そこで、30周年「ありがとう講演会」での配付資料から、「思いついたが吉日」何時どこからでも受講でき、一巡すると修了できるというものに変更しました。具体的には、前期後期という考えを廃し、県の助成を得て従来前期の受講料3万円で全コースを受講できるようになりました。従来60分の講義と60分グループワークという形を、前期の講義35分と後期の講義35分を一度にして、いわば二層式の講義とグループワークと「レポート作成」を強化するというプログラムに変更いたしました。

成果の程は、結果を見ないと分かりませんが、工夫を重ねて成功させたいと願い、このことが相談員の増員に繋がることとなるよう大きな期待を寄せております。

▼ 面接相談の実施

近藤治朗さん講演会の様子その2

徳島いのちの電話は開設当初から、私たち夫婦で「面接相談」と「危機介入」をも含め成しうるあらゆることをして参りましたが、近い将来私たちも年老いて参りますので、県の助成を得て「面接相談員養成講座」を初級、中級と進めておりますが、次年度上級講座の修了を待って2011年度からは、面接相談員による活動を4センターで開始したいと願っております。

▼ センターの増設

現在4センターですが、もう少し支部センターを増やすとさらに自殺予防運動は前進するものと考えています。意欲的な市町村と連携し今一歩拡充できるよう願っています。

▼ 好ましい「コミュニティ」の創造

自殺予防運動の目指すところは、「人間や社会が信頼出来るコミュニティ」の創造にかかっています。このことは徳島いのちの電話を創設いたしました私の悲願でもありますし、この運動の目指す究極の姿でもあるのです。

▼ 自殺は住みにくい社会のバロメーター

それは口で言うほど簡単なことではありませんが、自殺は住みにくい社会のバロメーターでありますから、私たちは黙々と未来を信じて、出来ることを出来るところから取り組んで参りたいと願っています。

少し大きな言い方になりますが、それは愛しのふるさと徳島に「みんなで創る好ましい文化」でもあるのです。

これは皆様のさらなるご協力なくしてはあり得ないことであります。「愛しのふるさと徳島」に自殺という不幸なことが一つでも少なくなりますように、みんなで祈り、力を合わせて努めたいものであります。

ボランティアのみなさまに
「ありがとう」の花束を贈ります

▼ 最後になりましたが今日まで徳島いのちの電話の運動を支えてきて下さった皆様に感謝を捧げつつ、代表で4名の方に花束を贈りたいと思います。お帰りにロビーでお渡ししたいと思いますのでお荷物になりますがお受け取り下さいますようお願い致します。

▼ ボランティアを支えて下さった
  ご家族に感謝

いのちの電話のボランティアは多くの家族によって支えられています。秋田美弥子さんお出で下さっているでしょうか?・・ありがとうございます・・秋田さんは94歳ですが、お元気で家事をこなし、30年近くお嫁さんをボランティアとして送り出して下さるのです。わたしが姑だったらボランティアも良いけれど程ほどにして家事をもっとするようにとか苦言を呈するかと思うのですが、「お母さんはよう行かな遅うなるでよ」と云って送り出して下さるのです。そして、何か資金の必要なときには「私も少しやけれど一口」といってご協力くださるのです。家事協力や天候や体調不良のときには送り迎えをして下さる家族の理解や協力の支えがあってボランティアは継続できているのです。そのような大勢の方を代表して秋田美弥子さんに花束をもらっていただきたいと思います。皆さん大きな拍手をお願い致します。
・・大きな拍手・・

▼ 相談員ボランティアに感謝

何と云ってもいのちの電話の最前線を受け持って下さったのは相談員ボランティアです。

本来相談員は匿名で名前を明かさないのですが、来年3月に退任を表明しておられ、今晩はご主人の看病のために出席されておりませんが、今日まで係わって下さった240名の相談員を代表して、谷シズ子さんに贈りたいと思います。

30年近く相談員として人知れず黙々と良き隣人として誠実に温かく相談活動を続けて下さいました。ご苦労様でした。相談員ボランティアの皆様に大きな拍手をお願いいたします。
     ・・大きな拍手・・

▼ 資金ボランティアに感謝

この運動が今日まで続いて参りましたのは多くの資金ボランティアの支援があってのことでした。初代の支援会会長をお引き受けて下さいました。山本潤造徳島市長は、在職中、私達夫婦の疲労困憊状況を心配して事務員を雇って下さいといって毎月6万5千円の支援会費を送り続けてくれました。全員がボランティアの団体ですが、ある程度の経費はかかります。それを多くの理解ある資金ボランティアが支援会員となって支えてきてくれたのです。現在は、原秀樹徳島市長を支援会会長に、4名の支援会代表幹事が核になって、約50名の支援会幹事さんが支援会活動を推進していて下さいます。そのような方々を代表して、特にここ数年多くの時間を割いて支援会活動にお骨折りいただいております、元県教育長の戸井一喜先生に花束をお贈りしたいと思います。

今晩はご都合でお見えになっていらっしゃいませんが、支援会役員のみなさまと、支援会員のみなさま心より感謝を捧げます。
・・大きな拍手・・

▼ 社会の協力に感謝

ある日一人の青年がお母さんの遺書を発見して相談に来られました。その方には、経済的困難、うつ病、アルコール依存と良くない条件が重なっており、危険と判断してすぐに入院をさせようと打ち合わせて帰っていただきましたが、時すでに遅く、「お酒と薬を飲み手を切って大量に出血している」という青年から電話を受け、すぐに最寄りの病院で手当を受けるよう指示し、一命をとりとめましたが、夜中に目が覚め「何で助けたんじゃ・・」と大声で喚き散らし、病院から退院を求められたと青年から連絡があり、急遽夜中に精神科へ入院したケースがありました。精神科への入院を強硬に拒否するその方をようやくのこと入院室に伴い、注射をして眠りに就かれたとき、その引き攣ていたお顔が安らかな顔に変わってゆくのを観て、何と苦しかったのだろうと教えられたことがありましたが、そのように30年の間には医師をはじめ多くの方にご協力を頂きました。今のお話しでお世話になったのは阿南市の藤井病院院長藤井哲先生でした。ご協力下さった多くの方々を代表して藤井先生の奥様がお出で下さっていますのでもらって頂きたいと思います。皆様大きな拍手をお願い致します。
・・大きな拍手・・

▼ そして皆様にありがとう

その他、広報面でのマスコミのご協力や就職をご支援下さった経営者の方々、福祉や教育、行政関係者をはじめ多くの協力支援者の方々に組織を代表して深く深く御礼を申し上げます。・・大きな拍手・・

新鮮で豊かな食品や汚れていない美しい自然の残るこの徳島、少し貧しい地域ではありましても、さらに「自殺という不幸」の少ない、住みよい「愛しのふるさと徳島」となりますよう、みなさまのさらなるご協力をお願い致します。

みなさま、ありがとうございました。

これからもよろしくお願いいたします。
此処で一部を修了

第2部 はじめに

近藤治朗さん講演会の様子その3

あらためまして今晩は・・度々拍手をしていただきまして申し訳ありません。
▼ おことわり

ここからは「愛はいのち」と題して、私の個人的な立場でお話しさせていただいたいと思います。少し宗教体験的な話もありますが決してキリスト教の宣伝やお誘いするためにお話しするのではありません、あくまで私の個人的体験としてお聞き下さるようお願い致します。

自己紹介

▼ 終戦時・一年生

最初に自己紹介を兼ねて青年時代のことを少し話させていただきます。私は昭和14年に現在の徳島市上八万町で生まれ小学1年で終戦を体験し、父は20年7月にフイリピンミンダナオ島で戦死をしました。

私の生家は貧しい農家でしたが、昭和20年7月4日の徳島市大空襲で家を焼かれた多くの方々が母を頼って避難をして来られていました。その中に全身焼夷弾で火傷をされたおじいさんがいましたが、その方が「銀シャリを腹一杯食べれたら死んでもいい」と云われたことは今もハッキリと覚えていますがそれほど当時は貧しい厳しい生活でした。

▼ 衣食足りて礼節を知る

中学校になって担任の先生が「衣食足りて 礼節を知る」という論語の言葉を話して下さり、なるほどと子供心に人間はある程度豊かになることでうまく生きていけるのだと考えるようになりましたが、私なりに自我が目覚め生きると云うことを考え始めました。私の家の裏は段々畑でみかんやサツマイモが植えてありましたが、夜になると芋泥棒がやってくるのです。「母ちゃん、また芋盗りに来とるでよ」と母に告げると母は「全部持って行けへんけんほっときな」というのでした。

▼ 求道の旅

そのような中で人間はある程度豊かになれば礼節を知るようになるのか、疑問を持つようになり、結論として「人は心を修めないと治まらないもの」という考えを持つようになり、心の問題を人生の課題と考えるようになり、高野山高校へ入学することとなりました。中学卒業文集に「人生無常」というタイトルで書いていますが、「おっさん」と徒名される少しひねた少年でした

▼ 結核発病 8年の療養生活

高野山高校校長の草繋全弘先生の三宝院というお寺でお世話になり、高校生活と僧侶の見習いが始まりましたが、わずか半年で肺結核を発病し徳島に帰り療養することとなりました。自宅、国立徳島療養所、脇町大島病院等で計8年療養をし肺切除術などをうけました。今考えるとこの8年は私の人生に掛け替えのない大切な自我形成の畑となりました

愛はいのち

▼ キリスト教との出会い

私は年齢に似合わず宗教書などを読む比較的まじめな青年でした。そんな私をキリスト教に誘ってくれる療友がありました。しかし、私はそんなクリスチャンが嫌いでした。何故かというと、650人もの結核病棟で、臥して死を待つ毎日なのに、何となくニコニコしているのが不可解に思えたのです。また職業的宗教家にも、あまり好感を持っておりませんでした。思いこみの多い方からの伝道という名の勧誘にも疑問を持っておりました。

▼ 平安の源は何か

そんな中で勧誘してくれるクリスチャンを不可知論という論法でやりこめましたが不思議と傷つかないというか、たらいの水を斬りつけてもすぐ元通りになるように、ニコニコしているのです。一言でいうと「平安」というようなものです。そこでその平安の背景にあるものを探ってみようと思い、生まれて初めて療養所で行われるキリスト教集会に出席したのです。そしてそこで人生の一大転機となる体験をしたのです。

▼ 愛の悲劇  事実は小説よりも奇なり

そのことをお話しする前に私の淡い初恋と失恋のお話しをする必要があります。「事実は小説より奇なり」といいますが、私にも淡く酸っぱい初恋の思い出があります。8年の結核療養時代のことですが、同じ病棟で入院していたある女性に恋心を覚えていた16歳の私は、3ヶ月分のお小遣いを貯めて、一個のブローチをプレゼントしたのです。ささやかながら私に出来る精一杯のプレゼントは、「あなたの為ならどんなことでもする」と云うぐらいの思いを込めたものでした。

彼女はありがとうと受け取ってくれました。私の思いが通じたのかなと思っていたのですが、その後肺切除という手術をし、少し歩けるようになったある日のこと、当時兄も入院していた外気病棟というところへ散歩がてら兄を訪ねると、なんと彼女の写真が額に入れて置いてあるではありませんか・・私は心臓が破裂するのではないかと思い手で胸を押さえるほどのショックを受けました。「人の愛」というものの「儚さ虚しさ」を思い知らされ愛について考えはじめたのでした。

▼ 愛とは何か・・イエスの死

そんなことから「愛とは何か」ということを深く考えておりました折に、はじめてキリスト教の集会に参加したのです。

はじめて参加した集会は鴨島兄弟教会の伊藤栄一先生のお話で、十字架に磔つけられたイエスさまが最大限の苦痛と屈辱の中で死んでゆくお話しでした。

みなさまご存じのようにイエスという方は当時の宗教家や政治勢力に妬まれ陥れられて殺されるのです。両手両足を釘で十字架に打ち付けられ、頭には茨の冠を乗せられて、イスラエルの王、自分が神であったら降りてこいと罵り、人を救って自分を救えないのかと嘲り、ありとあらゆる罵声を浴びせて辱め、苦しめて殺す残忍なお話しです。そして一部の人はイエスの着ていた服をくじ引きで分け合い、或いはその光景をただそっと隠れて見つめている弟子達もいたという光景です。

▼ 十字架上での祈り

その話を聴きながら日本で云えば戯曲、下総の義民、佐倉惣五郎のように思えました。きっと佐倉惣五郎のように「この恨み七度生まれ変わって晴らさせ置くべきか」と言って死ぬのではないかと思って聴いていたのですが、イエスは「父よ彼らをお許し下さい。彼らは何をしているか分からないでいるのです。」といって自分に酷いことをする人達のために祈られたというのです

▼ 真の光・・真の愛を見た

私はこのイエスの祈りにフラッシュライトに照らされたような眩しさを感じ、ハッキリと私が探し求めていた、神とも仏とも真理とも光とも道ともいうべきものを悟ったのです。言い換えると失恋から模索していた「真の愛とは」という問いにハッキリとこの「イエスの赦す愛」こそ「真の愛」であることを知ったのです。

かつて経験したことのない感動を覚え、私はイエスこそ神であると信じるようになりました。ヨハネという人は「主は私たちの為に命を捨てて下さった、これによって愛ということを知った」と聖書に記されていますが、私も愛というものを知りました。

▼ 私は「生きるもの」となった

そして魚が水を得たように、「私は真の『いのち』を得、生きるもの」となりました。何を目指してどのように生きるべきかが分かったのです。

旧約聖書の創世記に「神は土から人を造り『いのちの息』を吹き込み、人は生きるものとなった」と書かれていますが、私は一個の人間として生理的に生きるだけではなく「人格的(霊的)に生きるもの」となったのです。真の命を得、人生の道筋目的がハッキリ見え、私の人生は始まったのです。

▼ 愛はいのち

30周年記念ありがとう講演会でこのような話をさせていただくのは、いのちの電話30年で教わった、人が生きる上で「愛こそは命」であることを体感したからです。

いのちの電話に寄せられる色々な相談のテーマをマクロで観ると「如何に生きるべきか」ということであり、水が不足して乾燥し枯れかかった花鉢が、水を注がれると生き生きとしてくるように、人は愛される愛、愛する愛を感じたときに再び活き活きと輝き生きる事実をいのちの電話30年ではっきりと解ったのです。

愛を感じるとき人は生理的にも人格的にも最も輝いた状況でいのちを営み生きるのです。

▼ 悲嘆の本質・・愛されていない

相談者が聴いて欲しい「一番辛い」こと、それは「人間扱いされない」と表現されますが、一言でいうと「尊ばれない」ということです。言い換えると愛されていないと感じていることなのです。

大きな喜びと深い深い悲しみ

30余年程前のことですが、ある教会の牧師夫人から電話があり、一人の女性が自殺未遂をされて教会に訪ねてこられたので、応援にきてほしいとの電話があり駆けつけました。その方のお話を伺ううちに、生まれて初めて、世の中にはこんなに辛い人、悲しい人がいるのだということを知りました。

彼女は祝福された結婚で生まれてきたのではなく、お母さんは彼女を祖母に託して嫁いで行きました。祖母は何かあると幼い彼女に「おまえやいらん子じゃ・・」とその辛い思いを打ち付けるのでした。中学校を卒業した彼女は就職するのですが鬱病を発病し療養生活を送るようになりました。数年後社会復帰のためにある職場でお世話になるようになるのですが、朝早い職場で鬱病の薬を飲んでいる彼女には早起きはとても辛いものだったのです。そんな彼女に、「起きられんのだったらまたはめる(精神病院の保護室)でよ・・」と言われる言葉は死ぬほど辛いものであり、ついに耐えきれず入水自殺を図ったのです。しかし、泳げる彼女は死にきれず最寄りの教会へ助けを求めたのでした。

行き場のない彼女を我が家の一員として迎え、一年半ほど共に生活をさせていただきましたが、ある日のこと、お誕生日の夕食の準備をし、ハッピーバースデーツーユーを歌い始め、「ハッピーバースデー○○さん・・」と彼女の名前が出てきたとき、彼女はびっくりしました。私達家族の誕生祝いだと思っていたので、まさか自分のお誕生日を祝ってくれるとは想像もしていなかったのです。 

彼女は大粒の涙を流し、やがてなりふり構わず号泣しました。何故なら彼女は生まれて初めて誕生日を祝ってくれるという体験をしたのです。

彼女の号泣するその姿に「大きな喜びと深い深い深い悲しみ」とを教えられました。又その涙に人間にとって「愛こそはいのち」であることも教えられました。

真の不幸、悲しみとは何かと言うことを彼女との出会いで識り、人間の不幸は環境や状況にも関係はありますが、不幸の本質というものは、人間の本質とも言うべき人格が、「人間として尊ばれない(愛されない)こと」であることを深く教えられました。

いのちの電話で教えられたこと

▼ 死にたいは 生きたい

多くの方が「死にたい」と訴えられますが、その言葉の背景にあるものは死にたいのではなく、生きたいのであり、生きているより死んだ方がましだと思えるほど今が苦しく、うまく生きられない現実を訴えているのであり、その苦悩、状況事柄を伝えるのには時間がかかるので、一言でいうと「死にたい」となるのです。

▼ 人は人によって傷つき、
人によって癒される

そしてもう一つ教えられた大切なことは、「人は人によって傷つき、人によって癒される」という確かな事実です。

貧困や病気など生きる上で色々な困難はありますが、人間を悩ませるのは、まさに人間関係なのです。うまく生きてゆかれる人はこの人間関係能力に優れており、悩みの深い方はこの人間関係が不得意なのです。

人は一人では生きて行けません。側に解り合え、支え合い、分かち合える温かい人間関係が不可欠なのです。

言い換えると生きる力の第一義は「対人関係能力」だと思います。そして、この能力の貧しいときに人を傷つけ、その能力が豊かに成長するとき、人を癒すことができるのだということを教えられました。

▼ 人が活きるとき

愛を感じたとき、それは自分がかけがえのない尊い者であり、生まれてきたことに意味と意義のあることを識り、使命と生き甲斐を感じるとき、人は活き活きと生きるのです。

▼ いのちの電話は母ごころ
  聴けばいのちの泉湧く

また、聖書に「何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。」(箴言4:23)と記されていますが、対人関係に於いて、「傾聴」こそは「人間尊重」の「礼儀作法」であり、積極的「愛の行為」であること、どんな美しい言葉も、愛がなければ、人の心には届かないこと。言葉の関係のみならず、「愛の行為」こそは、「最も尊いことば」であること、「愛」こそは、人を活かす「いのち」そのものであることを教わりました。

▼ 良き隣人

聖書の中に「よき隣人」についてのお話が載っていますが、私は彼女との出会いと聖書の隣人のお話に啓発されて「徳島いのちの電話」を始めました。

その聖書の箇所をご紹介しますと(日本聖書協会 新約聖書口語訳 ルカによる福音書10章)

10:25 するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。10:26 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。10:27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。10:28 彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。10:29 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。10:30 イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。10:31 するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。10:32 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。10:33 ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、10:34 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。10:35 翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。10:36 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。10:37 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。

▼ 親身になるということ

ここに登場するよき隣人は特別な専門家ではありませんが、一個の人間としてやるべきことやらねばならないことを親身になって行動した人です。

▼ いのちの電話のポリシー

私も前掲の聖書と彼女との出会いを通して、よりよい隣人でありたいと考えるようになり、私に出来ることを精一杯取り組むというスタンスで今日まで取り組んで参りました。そして、いのちの電話の運動のポリシーはこの「よき隣人」でありたいと願う人たちの活動であり、人間尊重の運動なのです。

相談員は助けてあげるとか指導してあげるとかいう尊大な考えではなく、むしろ一個の人間として「良き隣人でありたい」と願う、求道勉学のスタンスで取り組んでいるのです。

▼ 暗闇での光り

眼底検査のために眼科の暗室で真っ暗闇を体験したことがありますが、全く光がないと何も見えないのです。わかりきったことですが改めて光の価値と役割を認識したことがあります。

暗室では小さな光がとても眩しく感じられ、もしマッチを一本点火したらどんなにか明るいだろうと思いました。同じようにいのちの電話の活動を通じて教えられることは、私達の小さな善意や奉仕でも暗闇の中にある方々には、明るい希望の光になるということです。

親身になって話を聴き、共に考え、相手を理解することに務め、よき隣人として、出来ることを出来るところから、善意と誠実を持って取り組むことは、丁度暗闇で小さな光を掲げるようなものだといえるのです。

毎日の仕事や生活の中で、さり気ない出会い人間関係の中に大きな可能性のあることをいのちの電話を通して教えられました。

▼ いのちの鼓動

人は自分の意志で生まれてきたのではなく、生きるべく「いのち」と「使命役割」を与えられて生まれてきたのだと思います。

その人が生まれてきてよかった、生きているってすばらしいと実感できるために、私達は「いのちの鼓動」に耳を傾け、そのいのちを大切に育まなければならないと思います。

「いのちの鼓動」、それは人が「人として尊ばれる」とき、「人は活きている実感」を持ち、「愛」、「喜び」、「平和」、「希望」、そして「チャレンジ」となって高鳴ることをいのちの電話を通じて深く教えられています。

▼ かけがえのないもの

心を寄せ合うものが二人で居ると「喜びは二倍になり、悲しみは半分になる」といわれるように、いのちの電話は互いに心を通わせ、共に幸せな人生を生きるために「語らい、考える」電話相談システムです。相談員はその出会いを大切に、成しうる限り「よき隣人」で在りたいと願って活動しています。いのちの電話を利用される方々は「不安と孤独と劣等感」に苛まれています。そして、話す相手もなく、「不幸の煮詰まり、焦げ付いた状態が自殺」です。人間にとって、掛け替えのないのものが「いのち」であり、取り返しがつかない不幸が「自殺」です。

▼ 内なる人

人間の喜怒哀楽を感じている人の心という「内なる人」は肉体と共にありますから、自殺をすることは如何様にあれ全ての終わりとなってしまいます。ですから、それぞれの「不幸が煮詰まらないように、焦げ付かないように」、力を尽くすいのちの電話は「自殺予防」ということになるのです。

人間の「顕在化した意識」よりも「潜在化した無意識」の方が、より大きな力を持っています。ですから、この無意識(内なる人)について学習することが重要なのです。

幸福の底蓋

▼ 何が人生の明暗を分けるのか

日本の昔話に「幸福の底蓋」という有名な話がありますが、底の抜けた桶にいくら水を注いでも一杯にはならないように、取り敢えず水をいくら注いでも桶に水は張れません。

先ず桶の底蓋をはめることこそ、本当の解決になるのです。このことをいのちの電話で数多く体験し教えられました。

この幸福の底蓋とは、トマトはトマトらしくリンゴはリンゴらしく自分を知って今日を精一杯生きることだと思います。トマトがリンゴになることを努めてもそれはあり得ない事であり、そこに、いまのあなたでは「ダメ」というメッセージがあり、悲劇があるのです。

▼ 人間成長カウンセリング講座

幸福の底蓋とは「人間成長」にあります。豊かな自我の形成、優れた対人関係能力を養い、広く深い知識と陶冶された人格を育てることこそ幸福の底蓋となるのです。

このことを徳島いのちの電話30年の経験で教えられ、相談員養成講座の前期テーマとしているのです。人間成長カウンセリング講座は、いのちの電話を利用する方々によって教えられた、確かな幸福の底蓋なのです。

▼ いのちの森

話は変わりますが、鳴門国定公園の一角で希望館生涯学習大学野外研修場「いのちの森」というのをはじめていますが、それは、いのちのもろさやはかなさもありますが、いのちの強さやその美しさ、その輝きに魅せられて、花や木を植え、森林公園ともいうべきものを造り始めているのです。

そこに、店舗で飾られ、枯れて捨てられた、一株の花木を植えました。だめかな?と思っていたのですが、一年後、いのちを吹き返し、大きく成長し、美しい花を一杯に咲かせました。まさに、「見捨てられて見事な花を咲かせた」のです。

大地に根を張るとき、それぞれの持つ「特性そのままに、花を咲かせ実を結ぶ事実」を見て、いのちの素晴らしさを実感したことです。人間も同じように、周りの人が決める理想的人生ではなく、自分の感性で自分自身の人生を生きるとき、豊かで輝かしい人生がいのちの泉として湧きだし展開するのです。

▼ いのちの息吹

花が美しいのは、その色や形が美しいのは勿論ですが、花が最も美しいと感じられる理由は、そこに「いのちの息吹」を感じるからではないでしょうか。

赤ちゃんや草木の新緑など、いのちの息吹を感じさせてくれる自然の営みを通して、人生における「いのちの息吹」を再び感じられ、自分のものとする学びの場として「いのちの森」を整備しているのです。

「いのちを大切にする」ということは、素直に、正直に、自らの感性を信じ、その感性を磨き、「今日一日を精一杯生き」、「今という時、此処という場所に喜びを見いだし、明日に希望を抱き、チャレンジする生活」、これが「いのちの電話」で教えられた人としての「いのちの息吹」なのです。

いのちの電話は役に立つのか 不思議な解決

▼ 不思議な解決

昔のアラビヤの小話に死期を迎えた父親が、三人の息子に17匹の羊を分け与えるというお話があります。長男には跡取りなので家族の面倒を看てゆくように二分の一を、次男には、兄にもしものことがあればその後の面倒を看るように三分の一を、そして三男には、末っ子なので自由にしてよいということで九分の一をそれぞれ分け与えるように言い残して亡くなりました。

残された兄弟は親の遺言に従って、それを分けようと考えましたが、いくら考えても17匹を二分の一、三分の一、九分の一に分けることが出来ません。ほとほと困った兄弟は、村の長老を訪ねて相談しました。

今日でいえば「いのちの電話」に相談しました。話を聴いて一緒に考えてくれた長老は、「じゃあこうしよう」と言って私の「子羊一匹を差し上げましょう」と言って一匹の子羊を提供してくれました。

それで18匹になり、長男は二分の一で9匹、次男には三分の一で6匹、三男には九分の一で2匹と分け、上手い具合に分けられ、分け合った合計は17匹となり、分けられなかった17匹を見事に分け合うことが出来たのです。そして残った一匹を長老に返してお礼に行ったという、実に良くできたお話です。

▼ その一匹とは何か

不思議にも分けられないはずの17匹を不思議にも見事に分け合うことが出来たのです。

私たちは障害を取り除いたり、必要なだけお金を用意したり、元の18歳にはしてあげられませんが、「相談はしてもしかたがない」と考えて利用しないよりも、むしろ役に立つと考えて利用するべきなのです。

出来ないと考えていたことが不思議にも解決できた「長老の一匹とは何なのか」ということが問題なのです。

夢と希望と信頼の い の ち 綱

いのちの電話で教わった人生の危機に最も大切なものは「愛と希望と信頼」という、人が生きるうえで最も大切な知恵以上のいのち点滴が存在するのです

▼ 生きる力の根源・愛と希望と信頼と

いのちの電話で教わったことは色々ありますが、自殺ということについて考えると、高所作業者が腰に着けている「命綱」にあたるいざという時に助けになる「いのち綱」というものがあるということです。自殺をされる方の三大背景は、経済的危機、色々な病気による健康危機、そして、家族関係の困難といわれていますが、これらの条件が揃っていたとしても、全ての人が自殺をするわけではありません。その違いはどこにあるかというと、その腰に「命綱」を着けて居ると居ない差にあると思います。

▼ 確かな命綱・・隣人

「一人になられん・ひとりにせられん」といわれますが、危険に瀕する人は独りぼっちなのです。周りに人はいても心を通わせ、相談する隣人が居ないのです。人間の温もりを感じるような生活環境が整っていないのです。

人は強い様でも弱いものであり、ひとりでは生きて行けないというのは事実だと思います。つまり、いのちの電話で教わった「いのち綱」とは、まさにすぐ側にいる「隣人」のことなのです。

そのいのち綱の第一なるものは「家族」だと思います。いのちの電話で教えられた命綱の基本は家族です。コーラーの多くはこの家族に恵まれていないのが現実です。このことを私たちはもっと重大に捉えることが、全てのことにおいて確かな人生の土台となることは間違いありません。

▼ もう一つの命綱

健全な家族関係を構築することは、人生の基本であるとしても、そのことに恵まれない方もあるのは事実です。むしろ昨今の社会情勢では理想論に過ぎないと云われるかも知れません。それも事実だと思います。しかし、このいのち綱の必要なことは紛れもない確かなことですから、血のつながりは無くとも、もう一つの家族として、よい仲間、よき隣人を育み、引いては学校で、職場で、近隣で、グループ、サークルで確かな人間関係を構築し、もう一つの家族を構築することがいのち綱です。

いのちの絆の本質は「愛と希望と信頼と尊敬」の絆で結ばれることだと思います。

それぞれに掛け替えのない、尊い者として向かい合い、親身になって拘わっていく生活にあると思います。

▼ 愛しのふるさと徳島

私達の身辺から、自殺という不幸が一つでも少なくなるように、いのち分け合ったもう一つの家族として、更なる自殺予防にみんなで取り組んで参りたいものであります。

長時間にわたりご静聴下さいまして、誠にありがとう御座いました。皆様のご健勝を祈念しつつ、もう一度、みなさまに感謝とお礼を申し上げ終わらせていただきます。

みなさま、ありがとうございました。

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