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「運命の顔」 違いを尊重し人間関係を結ぶ

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熊本大学医学部保険学科看護学専攻
教授 藤井 輝明

はじめに

藤井輝明さん顔写真

なぜ人は外見で差別するのか。容貌にハンディを抱え、見た目の問題で苦しむ人はわが国に約40万人と推定される。その多くはジロジロ見られる視線のきつさに耐えかねて、家に引きこもりがちなため、その存在すらはっきりと社会から認識されてこなかったのが現状である。また正確な実態調査は、人権やプライバシーの問題もあって把握しにくいのが現状である。

ハンディ

私は2歳の時発病した右顔面が海綿状血管腫のため腫れ上がっており、見た目には醜い顔をしている。この顔のため、「化け物死ね」とか「そんな顔でよく生きていられるね」とか様々な「いじめ」にあってきた。現代社会においては怪談やホラー映画・番組の影響のため、容貌が醜いものは「怖い」、「恐ろしい」、「悪」の存在として人々の脳裏に強烈に記憶されている。オカルト映画制作ではより恐ろしいと観衆に感じさせる作品づくり(メイク等)には熱心だが、その背後に容貌の問題でいわれなき偏見、蔑視、差別で苦しんでいる人が多くいることは完全に忘れ去られている。こうした人権・プライバシーに配慮を欠いたマスメディアの責任も大きいと筆者は感じている。私自身「いじめ」にあっても、自分自身に「負けるもんか」という強い気持ちが持てたこと、そしてその気持ちをバネに勉強や自分の好きなことを人一倍努力したこと、その結果、乗り越えてこれたと考えている。今日の社会では流行や他人の目を意識して、マスコミや商業会社が仕掛けた型にはまる人が多い。その結果、個性の重要性をいいながら「皆と同じでないと不安なため横並び」の 没個性社会となる。案外、私のような容貌障害者こそが真に個性的な人間であるといえるかもしれない。「しっかりした自分」をもつのが21世紀である。多くの人が他者とかかわらず、自分の楽しいことだけを追い求めて、悲しいこと苦しいことを見ようとしない。他人の心の痛みや苦しみや悲しみがわからない、いや理解しようとさえしない。このことは完全に教育の失敗を意味する。人の痛みや苦しみや悲しみがわからなければ、本当の喜びや楽しさ、うれしさもわかるはずがないのである。劇場で映画をみているようなバーチャルリアリティ現象が社会全体に蔓延していることが問題である。例えば、危機が差し迫っても、自分とは関係ないと考えてしまう。容貌障害に関する無関心さが、根深い見えない差別、偏見を形づくっている

差別

一昨年から昨年にかけて、熊本県黒川温泉のハンセン病療養者入所者宿泊拒否問題でもまったく同様なことがおこった。ホテル側は「私たちは差別するつもりはまったくない。むしろ泊まっていただきたい。しかし、当ホテルは女性宿泊客が多く、あなたたちの顔を見るとびっくりしてしまう。客商売だからお客様に不快感は与えられない。だから宿泊は受けられない」と主張した。自分たちに責任はない。しかし第三者はどう思うかと、実態がない第三者に責任を転嫁させて真剣に目の前の当事者に向き合おうとはしない。こういう優しさの陰に隠れているとても残酷なやり方、責任逃避、バーチャル化現象が自分自身の問題ではない、かかわりを持たない、お引き取りを願ったほうがいいという発想につながっているのである。これこる本質である。人間は自分自身のことを本当に真剣に思ってくれる、自分の可能性を信じてくれる、そういう人がもし周りにいれば、どんなにつらくても頑張ろうと思える気持ちが芽生えてくるものだ。ところが子どものSOSを真剣に聞かない、向かい合おうとしない、子どもを素晴らしい可能性を持った存在としてみようとしない。偏見や差別に基づく、排除、しかとやいじめは暴力と同じであることを、最低でもしっかりと児童、生徒など義務教育段階から教育することも重要である。偏見や差別に基づく排除、しかとやいじめをする側が100%悪い。いわば加害者である。いじめる側は心が弱く何かに怯え、ビクビクしている臆病な人間である。そもそも偏見や差別に基づく、排除、しかとやいじめを正当化する理由は何らない。どんな理由も理由にならない。このことを就学前(保育園、幼稚園)から、全国的にしっかり教えることが重要である。実際、いじめられる側はいい人が多い。心のやさしい人、素直な人、いじめにいじめで切り返せない人が多い。そして、いじめを見て見ぬふりをすることが卑劣な行為であることもあわせて教えるべきである。偏見や差別に基づくしかとやいじめ、排除を「どっちもどっち」くらいに思っているかぎり、いじめはなくならない。善悪がはっきりしており、「けんか両成敗」などということはありえないのである。噂や憶測に惑わされないためには、「現地現場主義」という言葉があるように、事実かどうか必ず足を運んで、みづから目で見て耳で聞いて頭で考えて確かめ、学習することが大切である。人間は知らないものに出会うと、とまどうのが普通である。だから病気や容貌障害について正しく知ることが大事である。もしも、何かの理由があって「気にいらないからいじめる」のなら、愛情をもって相手に気にいらない理由を粘り強く伝え、じっくりと話し合い、お互いに誤解を解消し、修正するように努力すればよい。そが今日の教育の問題で、子どもが荒れ狂ってい

人間関係

今年、小学校の時に私をいじめた近くの元がき大将と話をする機会があった。元がき大将は「藤井をいじめた理由は次の2点だ。@実は算数、国語が苦手で学校の勉強がとても辛かった。算数の計算、漢字の書き取りが得意の藤井に嫉妬していた。A藤井の顔あざにさわってみたかったけど藤井がひいていた」この話を聞いて、いじめていた側にも実はつらい現実(トラウマ)があったのだと再認識した。いじめる側も、いじめられる側も近代化、効率化、合理化を極限までおしすすめてきた現代社会そのものの被害者なのではないか。この話を聞いて当時、藤井が算数の計算、漢字の書き取りの練習を、がき大将といっしょに行っていればよかったのではないかと考える。藤井の顔あざにさわらせてあげれば「血管腫なんか、なんだそんなものか」と納得したに違いないと、今、謙虚に振り返っている。容貌にハンディを抱えた側も本当に自分たちが苦しければ苦しいというメッセージを社会に粘り強く伝えていくことも重要だ。

おわり

苦しいんだ、つらいんだと伝えれば理解してくれる人が必ず増えているのが21世紀である。今、種をまいておけば、50年後、100年後にあのとき頑張ってくれた人がいたと分かってもらえる。今を生きる者の責任である。もっとも焦る必要はない。すぐに花が咲かなくても落胆しなくてよい。2,000年かかってできた差別は、2,000年かかって解決していくべきものだくらいに構えていたほうがいい。しかし、決してあきらめない粘り強い息の長い活動が重要である。しかし、最初の一人が勇気を持って立ち上がらなければ何も始まらない。一人一人が違いを尊重し、自分の周囲の人に思いやりをもって豊かな人間関係を築いて接する社会になれば、ギスギスした状況はかなり緩和されると考える。私は「容貌障害者」であったからこそ、人の痛みがわかる素晴らしい思いやりの気持ちをもった人生を手に入れられたと感じる。

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