社会福祉法人 徳島県自殺予防協会
いのちの希望

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ボランティアの声

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傾聴ボランティア「養成講座受講生」の声


傾聴ボランティア「養成講座」に参加して

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「人間成長カウンセリング講座という言葉に惹かれて」 S・N

「人間成長カウンセリング講座」という言葉に惹かれて受講を始めました。「人は人によって傷つき、人によって癒される」「幸せは、より良い人間関係能力から」「確かな人生は陶冶された人間力による」など、私の求めていた人間観、人生観がよりはっきりと理解出来つつあるように思います。

第一回目の「幸福の青い鳥を求めて人生の旅に出る」というお話は、メーテルリンクの「青い鳥」を題材に、人は誰でも幸福の青い鳥を求めて生きていること、そして最初は自分以外のところに青い鳥がいると考えて行動すること、具体的にはもっとお金があれば、もっと学歴や地位があれば、もっとよい家族があれば、言い換えると、運が悪い、政治が悪い、上司が悪い、夫が悪いなどなど、自分以外のところに幸福の青い鳥を求める旅をすること、しかし、チルチル・ミチルがそうであったように、今という時間、此処という場所、つまり今日の生き方、自分の心の中に幸福の青い鳥は居るというお話に、確かに自分自身の外に幸福の青い鳥を探していたことに気づきました。

相談は代わって解決してあげるものではなく、代わって解決できるものでもないこと、つまり、本当の解決は自分自信の自己成長で人間力を育て、自己解決能力を高め、自立を支援することであると学んでいますが、たしかに「幸福の青い鳥は一人ひとりの心の中にある」と思われます。

「おせっかいならできるかも」 M・O

新聞やニュースで不幸な話題が取り上げられ、小中学生から中高年と幅広い世代に渡って、「人生の危機」に直面する機会が増えている世相を感じるようになりました。

もし、身近にいる人が困っているようであれば、何かできないだろうかと思っていました。お接待まではなかなか出来なくても、「おせっかい」ならできるかもと受講生に応募しました。

初めは、年齢や経験の様々な方々との学習、専門的なことに身構えていました。しかし、講座の主旨は、同じ社会に生きる一人ひとりとして、よき隣人としてお互いに声を掛け合い、一緒に考え、指導や助言よりも、共に成長して自己解決能力を高める支援技術を学んでいくという内容でした。

このことに気づかされると、週ごとにお互いうち解け、敬虔を分かち合い、成長していることに喜びを感じるようになりました。特に、楽しみなのは、グループワークでお茶を飲みながらみんなで談話することです。幾つになっても熱心に人の話に耳を傾け、学習し続ける人生の先輩方と一緒に学びあい、同胞として仲間に入れて頂けることに幸せを感じる時間になっています。

仕事の終わった後に受講するので、疲れている時も多々ありますが、その場に入ると、暖房だけではない暖かさ、集まった人の心の温かさを感じ、癒されている自分がいます。



相談員ボランティアの声


相談員ボランティアに参加して

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「相談員ボランティアの喜び」 A.S

私は比較的長く相談員を継続しています。ここで労する人だけが知りうる密やかな「喜び」があったからこそ、続けられました。その喜びこそが相談員ボランティアの「報酬」なのかもしれません。これからこの活動に関わろうとしてくださる方々にもその喜びについて知っていただき、同労者として、その喜びを共有してもらいたいと願っています。

1.傷ついた自分が癒される喜び

相談活動の中で、悩み苦悩の中で行き詰った状況にある方の姿が「鍵」となり私の傷ついた姿を映し出し、自分を見つめ直すことによって、ありのままの自分を受容できるようになってきました。この活動を通し、傷ついた自分が癒されていった過程(喜び)があったことに、継続の鍵がありました。

2.謙遜にさせられ生きやすくなる喜び

相談活動の中で、私の無知からくる偏見や長年培ってきた価値観が邪魔をして相手を受容できず、苦しむこともあります。その時、許容範囲が狭く固い価値観の自分に直面させられ、謙遜にさせられます。そして少しずつですが、自分の枠組みも広がり、生きやすくなっていることに喜びを味わっています。

3.小さな自分が必要とされる喜び

「受話器の向こうから」 N・K

重く深刻な相談内容もありますが、電話で繋がることによって、「聞いてもらって、少し力が湧いてきました。もう少しやってみます。」と生きる勇気を抱いてくださる場合があります。そんな時、こんな小さな私でも必要とされ、かけがえのない人生の伴走者になれたことに喜びを味わうのです。

「リリーン」受話器の向こうからいろんな悩み・辛さ・孤独を抱えた人たちの気持ちが伝わってきます。顔は見えないけれどその人を大切に思い、ゆっくりと優しい気持ちで一生懸命聴かせていただいています。

人は誰でも何か問題を抱えて生きています。「いのちの希望(電話)」にも、人生に悩み疲れ、心に不安、寂しさを抱えている人たちからたくさんかかってきます。かけてこられる方は、その瞬間においても救いを求めています。「自分の気持ちを誰かに聴いてもらいたい」その胸の内を聴いてくれる人を探しています。

悩み傷ついている人は、無意識に体中トゲが刺さっていて、何かあるとすぐ崩れます。辛い思いを話すことでトゲが一本抜けていき、だんだんとトゲが減ってくると少々のことも受け止めることができるようになります。このトゲを一本抜いてあげることができればこんな嬉しいことはありません。こんなご奉仕ができることを有り難く思います。

電話相談の中で、「悩みを聴いてもらって少し楽になりました。」「こんなに聴いてもらったのは初めて・・ありがとうございました。」と言っていただくことがあります。そんな時は、「よかった」とホット豊かな気持になり、こちらも元気が貰えます。お金では得られない充足感もありますし、次の受話器を取る時の大きな力になります。

人はみんな生きたいと願っています。自殺という不幸が一つでも少なくなりますように、相談員という良き仲間が一人でも多く増えますようにと祈りながら、今日も電話の前に座っています。



電話相談員ボランティアの声


ふくろうチームに参加して

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いのちの希望について T.T

33周年記念感謝会の折りに、ある相談員の方が「よき隣人として」と話しておられた。「いのちの希望」の働きの基本理念が、相談員の方に、よく浸透しているなあと思いました。

いのちの希望は、自殺に向かう生きる希望を持てない方に、生きる希望を持てるように電話相談を通して、共に考え援助する働きです。不安と孤独と劣等感の中で、電話を通してぬくもりを求めてくる方に、生きるぬくもりを提供する働きです。それに応えることができるのは、真の愛です。近藤先生は、聖書の「良きサマリヤ人」の箇所を引用して、「良き隣人に」として相談奉仕にあたるように説明されていました。

今まで2回の電話相談(午前0時から午前5時までのA帯)に携わって、12回の電話のうち、有効は9回で、無言は3回でした。すべて、眠れない方ばかりでした。深刻な状況で自殺に向かう方はいませんでしたが、悩みや苦しみの中で、ぬくもりを求めておられることは、感じられました。

短期の研修で、どれだけ必要に応えられているか分かりませんが、自分が担当する時には、最善を尽くして、その必要に応えていきたいと願っています。電話相談に携われる時間的制約もありますが、他の相談員の方々と連携しつつ、また互いに研鑽しながら、自殺される方がいない社会を目指して、この働きに携わっていきたいと願っています。

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「いのちの希望」と私 A.E

「かならず、いつか人は死ぬ」とは、誰しも認める事実であろうかと思います。

私が初めて「死」と出会ったのは6歳のころ、母方の祖母が癌で入院手術をした時です。「死ぬかもしれなかった」祖母は、その後12年を生きて再発によるたびたびの手術に耐え、病と共に生きるということ、病で死ぬということを身をもって示してくれました。

お骨が残らないほどの過酷な命をつなぐための治療ではあったのですが、私の記憶に残る祖母は微笑の人でした。それでも凛とした心の在りようは伝わるものなのでしょうか、孫にとっても膝にもたれかかるような気軽な甘えはできない存在であったような気もします。母が時折付き添いに行く病院は、当時では最も先進的だったろうと思われる癌病棟で、祖母が纏う同じオーラがそここに満ちていました。私は6歳から18歳までそんな世界を垣間見ながら育ったわけで、およそ年相応の無邪気さを持たぬ子供だったように思います。生と死が浮遷するようなその場の雰囲気にどう向かい合ったらいいのか、抗うよりとうに運命を受け入れているかにみえる祖母や周りの人々にどう接していいのかわからぬままに、感情を殺してぼんやりと居続けた子どもが私でした。大人達は子どもにはただ子どもであることしか望まなかったのでしょうが、私にはそうとは感じられず期待に応えられない不全感に囚われていました。以後誰でもがそうであるように、私も人生の大切な局面でさまざまな葛藤をすることになりますが、そんな時にはいつも途方にくれて立ち尽くした子どもの姿が見え隠れしていたように思います。

「いのちの電話」の存在を知ったのは25年くらい前でしょうか、(世の中には消えて行こうとする命のかたわらに自ら選んで居るようなボランティアがあるのか)と衝撃を受けたものの、知らなくていいことを知ってしまったような何とも奇妙な気分だったことを覚えています。そのくせ心の奥底で(いつか、してもいいと思える日が来るだろうか)という思いがかすめたことも。長い間、運命が私に課した課題を、眼も口も耳もふさいで封印してきたように思います。自分の内のブラックボックスをそれはそれとして生涯そっと置いておくこともできたに違いないのだけれど、今思えば心理学を学ぼうと決めた時に封印を解く方向へと自ら舵を切ったということなのでしょう。基礎心理を学んだ大学院での生活も求めたものは学問でも資格でもなくて、心の深くに潜めてしまったブラックボックスを見出すことでした。それは、「どんな自分が望まれているのか」ではなくて、「どんな自分になろうとするものか」という主体的な体験へのシフトでもあります。中年と呼ばれる年齢までの時間は、ルーツにも等しい課題に向かい合えばかならず湧いてくるであろう畏れや不安にもちこたえるに十分な、自分も含めた人への信頼を築くために必要であったかと思います。

本流から分かたれた支流もいつかは大海に流れ込むように、すべては自然な流れだったように思えます。そして流れに何がしかの変化があるたびに、いつも「いのちの電話」との再会がありました。幾度そっと自問自答を練り返して来たことか、(・・・・できそう?)(・・・・・いや、無理)。

「いのちの電話」から「いのちの希望」へと創始から変遷を経て、33年の長きに渡って支えてこられた方々はもちろんのことだけれど、何かの形で少しだけ関わった方々も膨大な数でであろうことは想像に難くありません。「いのちの希望」は存在そのものが美しいと思います。人間性への信頼を基盤として、人の生の普遍的な側面を現実の形として映しだしているから、そこに一人の人間の生は、一個人のものではない、眼に見えなくてもたくさんの人の魂に支えられてこそあるという真実を見ることができるから・・・・。関わってこられた幾多の方々の汗と魂の結晶に、深い敬意を感じずにはおれません。

私もまたその中の一人に加えていただいて、ブラックボックスの封印を解くことにしましょう。「死にゆく運命を生きる同じ人」のかたわらに、途方に暮れてではなく、私が私のままで居続けることができたらと願っています。

今「Only one」から「One of them」へ、求めるものは更なる自分の在り方です。

「いのちの希望」という存在に勇気をもらって、「電話相談」の作業を協働する多くの心と、本来なら眠っている時間に電話をくれるコーラーに支えを見出して……そうして内なる海へ漕ぎ出すことにしましょう。いただいた心には心で、少しばかりのお礼を返しながら。




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